恭一郎さんへ362. 黒野 | |
(12月25日未明、サンタクロースを気取った男は深夜の散歩と称して住宅街を歩く。目当ての家のポストに包装した箱を置いたなら、寄り道をせず帰路に就くだろう。明日は新月だからどうしても落ち着かない、この贈り物を喜んでもらえるか想像するのもまた落ち着かない。道すがら夜空を見上げることも思いつかずに家路を辿る) ……せっかくの部分日食を見る余裕が残っていればいいけど。 (さらさらした手触りの白い紙に冬の星空の濃藍と金のリボンを掛けた包装を解けば、厚紙の箱の中にガラス瓶が収まっている。理科室の薬品棚に並んでいるようなガラス製の広口共栓瓶……の中に細かな砂利や湿った土と苔、そして大小の水晶ポイントが2つ立っている。よくあるシンプルな鉱石テラリウムだったが異彩を放つのは鉱石の傍らで苔の草原に斜めに刺さる鍵。アンティーク調でもない「ごく普通の、その辺の住宅で使うようなディンプルキー」は鉱石テラリウムのレイアウトとして噛み合わない。箱の中に差し込まれたメッセージカードにペン習字のような字で綴られるのは──) このささやかな瓶がぼくの作った世界なら 眺めることもできるでしょう。 触れることも侵すこともできるでしょう。 Merry Christmas. 大切なあなたとの間に生まれた世界に感謝を。 |
--367. 宿里恭一郎 | |
(仕事に忙殺されていたクリスマスが過ぎたとある冬の日。学芸員はスケッチブックに鉛筆を走らせていた。黒が描くのは、聖夜にサンタクロースが届けてくれた贈り物である。ありとあらゆる角度から鉱石テラリウムを食い入るように見つめ、それをスケッチしていく。写実画は得意だった。赤眼はどこまでも真剣に、やがてその全てを描き終えると今度はノートを取り出し彼が創り上げた世界の特徴、傾向、使われている素材などを事細かに書き記す。そして資料写真とばかりにカメラで写し、今度は手触りを確かめるように両手に包み込むと瓶を撫でてていく。指腹が無機質を撫でては、止まり。また創られた世界を見つめて…、その繰り返し。嗚呼、全く本当に。彼は己のことをよく知っている。高揚が自然と唇に笑みを作らせた。)……まだです。もう少し。今はもう少しだけ。(浸りたい。でも……貴方はきっとわかってているんでしょう?と世界の異質であるディンブルキーを愛しげに見つめた。手に届く場所にあって、手を伸ばさないはずがない。ましてやそれが甘美なものであるなら尚のこと。瓶に詰め込まれた全てを理解するまであともう少し。) (きっと世界を”壊して”―――彼に会いにいこう。) |