e 鷲宮

363. 利谷趣里
... 2019/12/26...Thu // 01:04:08

(12月25日深夜。――或いは既に26日に日が変わった頃やもしれない。男は己ひとりで守っている店をそっと抜け出した。飾り付けはまだ残っているものの光の落とされた商店街を駆け抜けて、通いなれたアパートへ。クリスマスイヴでもなければ当日でもない平日の夜に、況してや誕生日当日を祝うことすらできなかった己が彼を起こすのはあまりにも忍びなくて、男にできることと言えば店に数枚入荷し唯一売れ残ったクリスマスカードをそのポストに投函することばかり。)

遅くなって悪かった。

(たった一筆、己の名前すら書かずに、ただ男にしては珍しくそれなりに丁寧な筆致で刻んだカードが一枚。表から見れば紺地に白いクリスマスツリーが浮かび上がるクリスマスカードは、開けば左側が白いツリー型、右が紺のシンプルな四角形になる仕掛けである。本来であればカラーペンを駆使して紺地の部分にもあれこれと思いの丈を綴るのだと先週同じ品を購入していった大学生は語っていたが、生憎と己の場合は黒のボールペンでたった一言を書き込むのが限界であった。――どうか、彼が穏やかな誕生日とクリスマスを過ごせていたように。嗚呼けれど、少しくらいは寂しい思いをしていてくれたなら、)

b 利谷さん

364. 鷲宮八慧
... 2020/01/05...Sun // 21:26:35

(二十九回目の誕生日。何らかの節目ならまだしも、二十九回も経験すれば、幼い頃のような感慨も薄れてくる。だから気にしていない。己の誕生日に何の音沙汰もなかったことは。あれから早くも数日が過ぎたことは。本当に気にしちゃいなかった。そんなことより──まさかあのひとが『ぶっ倒れてた』とは。一人暮らしなのに、どうしたんだろう。俺を呼べばいいのに。他に看病してくれるような奴が──いるまい。その日もヤキモキしながら床に就き、ポストに投函されたクリスマスカードを手に取ったのは結局翌日の朝だった。可愛らしいクリスマスカード。表面のクリスマスツリーをさらりとなぞる。開いても、また裏返しても差出人の名前は見当たらず、しかしいつになく丁寧な筆跡には見覚えがあった。)…………売れ残りだろうなあ……。(あれでいて、商魂たくましい恋人である。ぶっきら棒なメッセージに思わず笑みをこぼしつつ、それにしても──ほとほと困った。今晩は新月なのに、こうもいじらしいことをされると。やさしくしたいのに、やさしくしてあげられなくなる。)……………、………。(こういうとこあるよな。 そんな悪態をちいさく吐き、クリスマスカードを仕舞うかわりにコデモを取り出す。発信したのは勿論。掛かるか、将又留守電か。どちらにせよ。)もしもし、利谷さん。おはようございます。見ましたよ、あれ。有り難うございました。そういえば埋め合わせになにかくれるんでしたっけ、せっかくだから土地とか貰おうかなあ……──。


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