恭一郎さん370. 黒野 | |
(3月1日の夜、彼のコデモ端末は短いメールを受信するだろう。“玄関から出て、少し空を眺めたらポストの上を見てください”……早めの就寝をしていなければ、あるいは眠る前の時間を邪魔していなければ良いのだけれど) (郵便受けの上に置かれた箱、その包装はバレンタインデーの時と同じようなハート柄、しかし今度は一切の加減なくハート柄であった。桃の花を思わせるピンク色に細く紅い線で描かれたハート模様は心臓であり、箱を走る血管でもある。手紙が添えられた箱の中にはもうひとつの、本当の心臓が艶やかなサテンのクッション材の中で小さな鼓動を繰り返していた。それは銀色の鎖と、蓋に月があしらわれたシンプルな懐中時計──) かねてから時計師の勉強をしていましたが、ようやくそれなりの形にできました。 ムーブメントは汎用のものですが、歯車などのパーツは自作です。文字盤も一応、ぼくがデザインしたんですよ。 最初に作る時計はあなたに差し上げたいと思っていたので、誕生日に間に合って良かった。 ……正直なところ、デザインについては自信がないので無難に過ぎるものですし、中の機構も精密性ではまだまだです。 なので、もしかしたらすぐに調子が悪くなるかも知れません。その時はぼくが直しますので言ってくださいね。 それから。分解してみたくなるかも知れませんが、恭一郎さんのそれを止めるのは難しそうなので、なるべく丁寧に優しく分解してもらえれば直すぼくとしてもありがたいです。 お誕生日おめでとうございます。 今日という日の最初にお祝いしたい気持ちもありましたが、少し焦らしてみたくなった……というのは冗談です、誕生日の終わりにお祝いするのも良いと思ったもので。 そのかわり、この時計は3月1日の0時から動いています。 今日は恭一郎さんにとって素敵な日になったでしょうか。 どうかこれからも、太陽が照らす時も月が照らす時も、月のない夜も。一緒に歩んでいけたらと思います。 |