c 黒野さん

371. 宿里恭一郎
... 2020/03/15...Sun // 00:47:08

(今年は暖冬で、暦では春を迎えているはずなのに…。吐く息は白く。曇天の夜空からゆるりと降るのは天使の羽のような淡雪だった。時計店へ向かう足が止まる。寒く冷たい夜に思い出すのは決まって鮮烈な二人の世界。受け皿の様に差し出した掌に落ちた淡雪が溶け消えていくのを見守る間もなく、掌を柔く握りしめて再び歩を踏み出した。アポもなくクローズの時間に合わせて来たのは謀ってのこと。今はまだ直接顔を見ることはできない。何故ならばまだ誕生日に貰った懐中時計の礼を伝えられていなかった。あれに関してはまだまだ『検体』となってもらわなければならぬ故、今宵は用件だけを済ませ名残惜しげに一度店を振り返りその場を去る。店のポストに入れたのは小さな小箱。あれだけ彼にハートを求めておきながら包装紙は無地だった。箱に詰められていたのはコルク栓の瓶。中には星の欠片のような色とりどり金平糖に混じり、惑星を模した飴が詰められていた。太陽、月、地球。小さな宇宙が其処にある。添えられたメッセージカードには以下の言葉が綴られていた。)

ありがとうの気持ちだけ先に。あとは会った時に伝えます。

(ホワイトデーでは、贈る菓子によって意味合いが決まる。飴を選んだのは好意を示すからという理由だけではなく、――いつまでも口の中に残る甘さが彼を侵食しているかのように思えたからだなんて…)僕、ちょっと疲れてるんでしょうか。(緩い苦笑いは、夜の闇へと溶けていった。)

n6 ーーー

376. 黒野
... 2020/08/26...Wed // 10:07:51

(冷房の効いた自宅は自分の心身のためでもあるし、時計や望遠鏡といった大切なコレクションのためでもある。この家は自分が生活する場所であり、この島に来て4年の月日が経った今となっては大切なものも増えた。本土から持ち込んだコレクションもあるし、新しく買い求めたものも加わったし──心を何より安らげ、時に締め付け噛みちぎるような無二のひと。節目節目に贈り物を届けにわざわざ足を運んでくれて、ああ、桜を見に行こうと迎えにも来てくれた)
……ふ、
(零れたのは溜息であり笑みであった。外は夏の盛り。今日も最高気温はひどいものだろうけれど、エアコンの加護の中時計屋は、吸血鬼は、ひとりの男はゆるゆると思い出をなぞり味わう。そうして感じ取る。机の横に飾られた空の瓶は、中身はとうに食べてしまって代謝されたけれど、あの甘味が細胞を働かせてこの身を生かし続けている。思い出も、血の味も。それを受け取ったであろう細胞、歯車にして小さな星が寿命を終えても、それを収めた自分という器が生きる限りともにあり分かちようもないと信じている)
──ええ。幸せですよ。
(少し、寂しいですけどね。強がりと本心は渦を巻いて、ぴったり噛み合って回り続ける)




お返事を書く


※半角英数字4-8文字

azulbox ver1.00