a 鷲宮

377. 利谷趣里
... 2020/12/19...Sat // 23:32:19

……三十路だってよ。(咥え煙草のままポストの前で立ちどまって、ふと笑った。出逢ったときには二十代のなかばだった彼が、いつの間にか三重の大台に足を踏み入れたという。知らぬ間に、随分と長い時間が経っていた。随分と長い間――それは勿論今も――彼はこんな自分の隣にいてくれている。記念日当日を祝えなくても、素気ないプレゼントしか渡せなくても。)ありがたいねえ。(男にしては珍しく、目許を緩めて薄く笑った。相も変わらずしがないコンビニ店長は、今年も大したプレゼントは用意できなかった――それでも、きっと彼なら喜んでくれる。或いは許してくれる。そんな確信を持てるようになったのだって、極々最近のことだ。)……さて。(シャツの胸ポケットに入れっぱなしにしていた薄い封筒をポストのなかへ――但しそれは響咲島のポストではなく、利谷宅のポストである。代わりに朝刊を取り出して、玄関から自宅へ戻る。愛しの夫はまだ夢の中だろうか、それとも、己の夕食兼彼の朝食を作っている最中だろうか。)ただいまァ。(気迫のない低い声と共に引き戸を開けた。店に続く通用口ではなく玄関から家に戻るのはそう珍しいことではないから、彼はまだ気が付かないかもしれない。それでもきっと己が目を覚ます頃――夕刻には、帰宅した彼が、届いた夕刊の下に隠れたそれを見付けてくれるはずだ。商店街の喫茶店で行われるクリスマスライブ。今年の演目はジャズだという。「ジャズ喫茶なんだぜ」と懐かしい単語を持ち出して笑った店主から買い付けた二枚のチケット。演目に彼の好きな曲があればいいのだけれど。――ああそうだ、今日は普段よりも少し早起きを目指してみよう。生成の包装紙に紫のリボン。鈴蘭水仙のブーケをリビングに置いておくくらいはしてもいい。)……今日は休みにするかァ、(小さく漏らした声は廊下の向こうには響かなかっただろう。こんな日くらい――ほんとうはいつでも、構い倒したい。)[〆]


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