c 親愛なる友へ

158. Be happy
... 2017/01/13...Fri // 08:47:35

(先日の友人訪問から数日、男は結局ついぞ告げなかった吸血鬼の能力を使い、森で拾った手頃な枝で木彫り細工を作っていた。完成形は想像が出来ている、しかしなかなか時間がかかりそうだ。作品が大きいから?それとも細かな作業を必要とするから?否、ちっとも集中できないからである。枝と向き合えば、その手は止まり、浮かんでくる会話の数々。餅の夕餉は互いにとても楽しめたと思う。提案してくれた餅巾着は思いのほか美味だった。けれど、それに至るまでの会話は決して軽く話せるようなものではない。―――男の頭を巡る彼の言葉達。手を止めて、頭を抱えてこめかみを擦り、唸るように溜息を零す。ああ、全く埒が明かない。あの涙も微笑みも声もが胸に漣を立てるのだ。
やがて、思い立ったように作りかけの木彫り細工を置き去りに、管理小屋を出た。行き先は花屋。迷った末、白いガーベラを数輪購入、束ねてもらっている間にメッセージカードへと記入しはじめた)



進んでいけ

動けない時は力になろう



(花に添えて配達を依頼した。あの日言えなかった、言いたかった言葉のほんの一片。これで漣も少しは鎮まるといいのだが。名前の欄には最も伝えたかった言葉を添えて、男はただ胸中祈った。どうか戦い続ける彼へ”希望”を)

f 親愛なる友へ

160. Be happy together
... 2017/01/14...Sat // 15:20:29

(神父様、神父様。本部から書類が届いていますよ、目を通してください――事務の手伝いを臨時でしてくれている純朴な青年が己を呼ぶ。当の神父はと言えば書類が散らばる机に突っ伏したまま。普段、他者へ接する際には神経質なほど気を遣うこの吸血鬼が、起き上がる気配もないまま生返事をする。――ああ、わかりました、すぐに見ます。――神父様、そう言ってさっきからその花瓶にいけたガーベラを見てばっかりじゃないですか。ボク一人だけじゃとても書類整理終わりませんよ、そろそろ定時ですし。この後約束もありますし。――ああ、わかりました、すぐに見ます。――なんてこった、いつかこんな日が来るとは思ってたけど、まさか今日だとは。山田神父が遂に壊れたテープレコーダーになっちゃった)
(何を言っても無駄と悟り、青年はそそくさと帰り支度を済ませて、最後にちらりと神父の様子を覗き見てから部屋を出る。ゆるゆると惰性で閉まろうとした扉は、中途半端に開いたまま。それに気づきながらも部屋の主が閉め直そうとする気配はない。まずは、むくりと体を起こす。ようやく書類を片す気になったのかと思いきや、あろう事かそれらをぞんざいに脇へのけてしまった。そっと机の引き出しから取り出したのはたった一言が書いてあるメッセージカード。親愛なる友へとの呼びかけ、幸せを祈る言葉。差出人には確信がある。否、そうであって欲しいと思う人物と言った方が正解に近い。まったく、やれやれ、どうして。髪が乱れるのも構わず頭を掻いて悶絶する。彼との邂逅で人間味を徐々に取り戻し始めているのは良い兆候だが、少々自分の感情についていけていない。学校のアイドルに胸ときめかす中学生か己は、と一人ごちては、笑った。到底人には見せられない、ふやけたようなそれを)
(さあ、こんな心境の人間がまともに仕事などするはずもない。これはごく当然の成り行きである。引き出しを漁り、絵葉書を引っ張り出した。それはいつぞや、仕事でロサンゼルスの教会に身を寄せていた折、大層気に入って買ったもの。『天使』の名を冠するその都市に相応しい、抜けるような青空の下で蒼穹に手を伸ばす都市の街並みが航空写真で写されていた。ペンを執る。――親愛なる友へ)

私が進んだその先においても、
貴方は変わらず居てくださいますか。

貴方が辛い時は、
私が支える事を許してくださいますか。

(もっとあれこれ書こうと思ったものの、いざ書こうとなると纏まらなかった。二度、三度、短い言葉を読み直してから立ち上がる。すると、かたんと物音がしたのに気づく。緩んだ空気は散り、背筋を伸ばして部屋の出入り口へ向かうと、僅かに開いていた扉の隙間を自ずから開きなんとも罰が悪そうに笑う手伝いの青年がいた)
(――なんだ君、まだ帰っていなかったのかね。――いや、神父の百面相があんまり面白かったんで。――それは良かった、じゃあ道すがらこれをポストに入れるように。――ええっ!?今日呑みに行くところ、ポストと真反対…ッ。――それは良かった、快く引き受けてくれて有難う。いつも助かっているよ。分かっていると思うが文面は見ないでくれたまえ。もし読んでしまったら、一文字毎に君の時給を十円ずつ下げよう。――あ、悪魔がいる…カソック着た悪魔がいる…)
(一悶着あれど、快活な青年らしい足取りでポストカード片手にひとっ走りする背中を無事に見送った。さて、山になっている書類を振り返り、すっかり暗くなりかけている部屋に電気を灯す。これで心置きなく、今日は徹夜ができるというものだ)

i ――

163. ――
... 2017/01/14...Sat // 23:18:48

(「今夜は雪が降るかもしれません。夜はなるべく不要な外出を避け…」ラジオから届く初老の声を流し聞きながら男は部屋でゆったりとした時間を過ごしていた。よもや積雪さえ可能性のあるこんな日に墓を荒らす者もいまい。森に近い墓地はただでさえ夜間は冷える。獣も夜寒は堪えるのかその活動を弱めてくれるので、こんな夜は男にとって良い休息時間となるのだ。だというに、今の男の表情は決して穏やかなものではなく、非常に…なんというか、やってしまった感を醸し出していた。漣を鎮めるつもりが、まさかの想定外。威力を増し大きな波となって舞い戻ってきてしまったのである。原因の絵葉書を手に取って、裏を見たり、表を見たり、指先で遊ばせる。絵葉書の写真は見たことのない風景だ。鮮やかな青空に俯瞰の街が広がっていて、とても清々しい気持ちにさせてくれる。配達された時はその趣味の良さに感心した。そして、綴られた文字を読んで、差出人欄をに綴られた英文を見て、……――――それ以上は考えまいと、肘掛けに腕を置き、掌で口元を覆った。)
(先日、花屋に訪れた折、迷う自分に店主があれこれと話していたことを思い出していた。話好きの店主は聞いてもいないことまでペラペラとよく口が回っていたものだ。”友人に贈るならこの花だね、恋人ならこれがいい。何がいいって、花自体も勿論極上品だが、何より花言葉がいいんだよ。ああ、今の時期、店にはないけどあの花もいいね。墓守さんもよく知ってる花だよ―――)
(「雪が降るかもしれないと皆さん焦っているのかもしれませんね、雪かき棒が飛ぶように売れているそうですよ。商店街の日用品店は特にお値打ちで…―――プツン。ラジオの電源を落として立ち上がる。棚の引き出しを開けて、男は返信用に絵葉書を探し始めた。確かあったはずだ…、探すことしばらく。目的のものを見つけると、宛名も差出人も空白のままに、知らずと胸奥で燻ぶり始めた熱を込めて。書いた。)



当たり前だ



(翌日早朝、教会には消印のない便りが届くだろう。
青い空の下、太陽に恋い焦がれる…季節外れの黄色い花の絵葉書が)


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