c 神父殿に

188. アンバー
... 2017/03/14...Tue // 16:10:50

(井戸端へ昨晩仕込んだ煎餅を置き、墓地への帰り道。男は遠回りをし、商店街を歩いていた。その視線は軒を連ねる店を思案顔で見つめる。今日はホワイトデー。先月2月14日、バレンタインに愛しい恋人様より頂戴したチョコレートへの礼を探しにきたのである。己もあの時、チョコレートを贈ったが、要は気持ちの問題だ。贈り物はいつ貰っても嬉しいものだし、贈る自分も彼が喜ぶのであればそれが何より。だからこの日も、また何かをプレゼントしようと考えての寄り道だった。花屋。いいや花はこの前贈った。行きつけの喫茶店。珈琲も贈った。なれば和菓子屋。ああ、これはこの前彼が買ってきてくれた豆大福の店じゃないか。あれは非常に美味かった、もう一度食べたいと思っていたとこで……―――脱線する思考に緩く首を振り、店を通り過ぎる。そしてふと、目に止まった一軒。馴染みの、3日に一度は顔を出す店だ。威勢の良い声がかけられる。―――墓守さん、いらっしゃい!今日も良いのが入ってるよ。男の足は自然止まり熟考……するまでもなく、いやいや、と思い直す。流石にこれは、ない。)悪いが、先を急いでんだ。また今度寄らせてもらうぜ。そん時は値引いてくれよ(気安く声をかけ、右手をあげつつその場を通り過ぎようとする男に、店主は残念そうな声をあげた。―――そうかい残念だねえ、今日のは私が胸を張っておすすめできるってのに。そんな言葉を聞いてしまえば、ちょっと気になってしまうではないか。男の足は再び店前にて止まった。そう、この店は品の良さもさることながら、店主の営業スキルがかなり高いのだ。心を読まれているかのように、己が求める品が、ポンと出されることも多々ある。それが日頃この店に通ってしまう理由のひとつでもあるのだが。さて、そんな店主は、男の足が止まるのを見て、商売魂に火がついたようだった。――――いやあ、これはあまりに良い品でねえ。店頭に出さずにどこかの店にでも持っていこうと思ってたんだ。だが他でもない墓守さんだし、そうだな今なら特別価格で売ってやってもいいよ。いっとくがこれは美味いぞ、相当。店主の引っ張り出してきた箱の中身を見た途端、男の唇は開いた。)よし買った。

(3月14日、ホワイトデー。教会にひとつの宅配が届くだろう。
冷凍タイプの白い発泡スチロールにぎっしりと詰められた、紅いルビーを連想させる…)




相当美味いらしい。お前の舌を唸らせることが出来ればいいが。




(―――長さ20センチほどの尾頭付き赤海老が、連なるように十数匹。)

e 墓守殿へ

190. 山田太郎
... 2017/03/16...Thu // 17:08:00

(事務室に来客のベルが鳴る。生憎と己は電話中であったため、事務の青年に視線を向けた。とはいえ彼も十分に勝手を知っているため、アイコンタクトの必要もなく既に裏口へと向かっている。机上の黒電話で信徒と交わすのは実に穏やかな雑談だった。最初こそ、最近はどうも気分が塞ぎ込んでいけないと深刻な声で打ち明けられたものだから、今からそちらに伺いましょうかと心配したものの、この調子ならその必要はなさそうだ。今日の空模様、明日の天気、昨日見た海の色、夕焼けの雄大さ。きっと電話口の老人はそういった極々些細な気づきを誰かに聞いて欲しかったのだ。出掛ければ話し相手もいるが、しかし出かけたくない気分というものは往々にしてあるもの。合間に打ち明けられる小さな弱音にも一つずつ頷きながら、話の切りあがる気配を感じたその時だった。がちゃり、事務室の扉が開いて郵便物を受け取った青年が戻ってくる。その表情があまりに、狐につままれたようだったから思わず、)
――、
(噴き出しかけた。無論、電話している相手にこの光景が見える訳もないので何とか堪えて。平常心、平常心。しかし発泡スチロールの箱は、一目で中身が生ものとわかる。肉や魚を厚意で分けて貰う事もあるが、郵便で来るのは初めてだ。誰からだろう?そんな疑問を押し留めつつ声音だけは落ち着き払ったままを保ち、がちゃり、受話器を置く。それを待ち望んでいたように青年は口を開いた。――神父、エビです)
…、えび?
(鸚鵡返し。どうやら伝票に品物の詳細が丁寧に書かれていたらしい。席を立ち、ひとまず彼から荷物を受け取って机上に置いた。差出人を見て、少し混乱した。はて、かの墓守殿はもしや漁師にでも転職なされたか、と。ひとまずカッターをもって丁寧に荷を解くと、かぱり蓋を開けた中。敷き詰められた氷の上に整然と並ぶ紅い色、その見事な海老の隊列に、年甲斐もなく目が輝いた。奇跡のように美味しそうだ。バター焼き、天ぷら、エビフライ、茶わん蒸し、ひょっとしたら刺身でもいけるかもしれぬ。嬉々として展開しかけた思考を理性が押し留めた。いや、待った、待たないか、待ってくれ。尾頭付きの赤海老、しかもこれほど立派なものとなると――ひい、ふう、みい、よ、いつと千円札紙幣を頭の中で数えてから眩暈)
なん、という事だ…どうした事だろう…私は死んでしまう…エビによって殺されて、墓守殿の手で埋葬されるのだ…。
(事務の青年から、また始まったよ、と言わんばかりの視線を受けつつも、しかし当人は大真面目で胸を押さえて椅子にへたりこみそうに、なるのを気力で堪えた。ひとまず決然と箱を持ってそれを冷蔵庫へ。次いでカソックの裾を翻しながらぞんざいに外出の旨を室内に放り込んで外に出て、財布を忘れたのに気づき一度だけ戻ってまた外へ。数十分後、たんまりと何か食材を買い込んで帰ってきた神父は、呆気に取られる青年を横目に台所へ篭り猛然と料理を始めて、また数十分。片付けておくべき仕事はとうに終わり、帰ろうとした青年に託したのは粗熱を取ったもののまだ温かな海老のビスクスープである。ステンレスの魔法瓶に詰めたそれを手渡された青年は、自分の役割を判じかねて暫し。――ええと、ボクにくれるんですか?――いいや、確か君の帰り道沿いに墓地があったと思うんだが。――いや無いです、そのルートで行くと俺の家、森の中になっちゃうじゃないですか。――そうか、いつも快く引き受けてくれて有難う。くれぐれも墓守殿に、宜しく頼んだよ)
(またも悪魔神父め、と聞こえた気がするが馬耳東風。口は減らないが律儀な青年だ、今日の内にきっと届けてくれるだろう。冷めない内に帰った帰ったと追い出してしまえば、一仕事を終えた溜息がひとつ。さて、海老はまだまだ残っている。今夜は、何を作ろうか。零れる笑みは知らず、恋人の前で綻ぶものと同じ色をして)

c

198. アンバー
... 2017/03/21...Tue // 16:33:06

(墓地の見回りの時間は日によって違う。というのも、毎日同じ時間帯にしていては、賢い獣や狡猾な墓荒らしに男のルーティンを覚えられてしまう為であった。いつ、何時に、どれくらいするのかしないかは男の匙加減。感覚で決めているが、友人曰く野生の勘が働いているのかもしれないとのこと。この方法にて幾度も厄介ごとに出くわしてきたのだった。さて、今日はどうしたものか、と小休憩に珈琲を啜ったところ、管理小屋に不意の来訪者が。こんな時間に珍しいとマグカップを置き、扉を開ける。そこには、ステンレスの魔法瓶を抱え、複雑そうに笑う教会の事務青年の姿があった。)

(その日、墓守は夜の見回りを少し遅めの時間に行うことにした。早い時間にすると、準備と夕餉の時間が重なり慌ただしくなってしまう。常なら気にならぬそれも、今日ばかりはいけない。皿をテーブルへ並べていく。さて、今日の献立は、主食に白米。副食にあじの干物、大根と厚揚げの煮物、ほうれん草の胡麻和え。汁物に、わかめと豆腐の味噌汁―――ではなく、濃厚そうな海老のビスクスープ。和洋折衷とはまさにこのこと。珈琲と豆大福でひと悶着あったのがついこの間のことのようだ。ふ、と思い出し笑いをひとしきり。椅子に腰かけ、手を合わせる。)


いただきます。


(此処にはいない、恋人へ感謝を込めてスプーンでひと掬い。
海老のうまみが口いっぱいに、広がった。)


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