大泥棒さんへ213. 探偵より | |
|
(文机の上には真っ新な便箋。その横にちょこんと並ぶのは、虹色の桜をあしらった手作りのテレイドスコープ。畳の上には綺麗に畳んだロングコートが置いてあり、ペンを持ってから一体どれ程の時間が経ったか、探偵の目は便箋とロングコートを行ったり来たり。大事な物だから早く返さねばと思っていたのに、気が付けば一月経ち、桜も散って、ビー玉が嵌め込まれた万華鏡だって完成してからもう一月程。ついと視線を流せば、窓辺に置いたガラスボールの中で白いアネモネがたぷたぷと水に浮いている。引き出しから封筒を二つ取り出し、更に封筒の中からジグソーパズルの小片を丁寧に取り出して机に置いて、その横に黒い封筒を並べると暫しじぃっと眺め――真っ新な便箋に言葉を綴るのは止めた。ペンを置くと用意していた紙袋にコートとテレイドスコープをそうっと入れて、とててっと急ぎ足で家を出る。) (――向かった先、寮の一室をノックするも応答はない。彼の大事な物をこんなにも長く借りてしまったのだから、きちんと自分の手で直接彼に返したい。もしかしたら彼はあの夜のことをはっきりとは覚えていないかもしれないから、どこかで失くしたと思っている可能性だってゼロではない。探しに行くかと少し悩んで、でも、今日は止めておくことにした。ポケットから取り出した探偵手帳にさらさらとペンを滑らせ、紙袋からコートだけを抜き取ると、中に残るのはテレイドスコープだけだ。隙間を持て余すように紙袋の中でころころ揺れるこの筒で太陽などの強い光を見てはいけないことを大泥棒さんは知っているだろうか。破り取った手帳には「大泥棒さんの宝物はぼくが大事に預かってるよ」としか書かれていない。メモ書きを紙袋に入れてドアノブに引っ掛けると、探偵はコートを両手で大事に大事に抱えながらぽてぽてとその場を後にした。) | |
---224. --- | |
|
(ドアノブに掛けられている紙袋を見つけたのは――この紙袋を受け取るべき本人ではなかった。同居人と言うにはすれ違いに過ぎる生活を送っていて、互いに言葉を交わした最後の日すら思い出せない。そもそも二人の関係性を表す言葉を――ともすれば"二人の"なんていう言葉すら――互いに嫌い、それ以上に互いに向ける感情は悪いものしかない。紙袋の中に入っていたメモ書きには、そんな相手への贈り物だと分かることが書かれていた。ちらりと中を識別すると、「放り投げるわけにはいかんか」と一人男は呟き、部屋の隅の一人用のソファの上に紙袋を置いた。あの輩がいつこの部屋にやってくるのかは分からない。10年近いと互いに顔を合わせないよう暮らしている素振りすらある。男は探偵の不運に罪悪感すら覚え、また自らの間の悪さに頭を掻いて息を吐いた。いったいいつあの輩はこの紙袋に気づくだろう。いつこの部屋に忍び込むのだろう。男が"其れ"に話しかける筈もなく、荷が届いていると告げる筈も機会もなく――紙袋はそれから暫くソファの上に放置されたままだった。この島の天気予報士が梅雨の始まりを告げるまで、そのままだった。) (――太陽は雲に隠れた梅雨の曇天に、テレイドスコープを翳す。重い灰色の空が、クルクル廻る。メモの走り書きもクルクル廻り、彼に返す言葉を捏ね繰り回して探し続ける。) | |