d 鷲宮

244. ーーーーー
... 2017/10/07...Sat // 01:27:19

(気付けばあの夏から随分と期間が経っていて、”家族”で過ごした三日間は幻のようにさえ思われた。件の彼とそれきり顔を合わせていないのは無理もない、互いの生活があまりに擦れ違い続ける所為だろう。そうでなければ、例の夜が己の夢であったか彼の悪戯であったかのどちらかだ。その日この男が思い付いたのは、擦れ違いの改善のための手段であったのか、或いは夢から覚めるための荒療治であったのか。)

(白い封筒と横書きの便箋は、ビジネスに用いるような色気のないものを選んで。封筒に宛名を書いて、便箋の中身を埋めようとペンを取ったものの――成程、少年の手紙下手はれっきとした”遺伝”であったらしい。結局一文字も書かぬままにそれを同封することは諦めて。宛名を書いた封筒の中に、長いこと使っていなかった自宅の鍵をひとつ入れて封をする。封筒の裏に己の名を書こうか暫し迷って止めたのはほんの悪戯心。彼が言う通り「旦那様一筋」ならば、この時期に鍵など送ってくる人物が誰であるかの区別くらいはつくだろうとの、大層な傲慢である。せめてものヒントは、切手の「出羽亀」。)

a 俺の旦那様

245. 鷲宮八慧
... 2017/10/11...Wed // 21:48:17

(夏風邪の収束とともに共同生活の任は解かれて、平凡な日常を取り戻してからしばらく経つ。ひとりきりの暮らしは兎に角平穏で、家事に育児にと気を張る必要がない。食事なんかも適当に済ませて、伸び伸びと気ままに過ごす日々は己にとって当たり前のものだったのに。その気楽さが味気無く感じられるのは、──ひとりの夜が寂しくなってしまったのは、紛れもなく彼の所為だ。しかし会いたいと口にするにはあまりに多くのものが邪魔をする。社会人として、何より恋人として、毎夜の勤務に疲弊する彼の手を煩わせることは避けたかった。避けたいけれども、何か良い方法は。そう苦悶する最中に、一封の封筒が届く。差出人の名前や住所は確認出来ず、不審に思いつつも口を開いた封筒を引っ繰り返せば──ころりと、手のひらに転がり落ちてくる鍵。思わず息を呑んだ。ペンギンの切手がひと際心憎い演出をする。合鍵を贈る間柄の人物なんかは、考えるまでもなく彼しか居やしない。氏名も綴らぬ偏屈屋にちいさく笑みを零せば、ふと思う。今度はポケベルのアドレス交換もしないとなあ。)

(と或る日の朝、夜勤を終えた彼は寝床を目指すだろうか。彼が自室の扉を開くなら、万年床と思わしき布団に包まる男の姿がきっと目に入る。――やがては鷲宮も目覚めて、ようやくあの夏以来の再会を果たせるか。とろんと暈ける瞳を擦り、おずおずと頬を綻ばせては徐に口を開く。第一声目は"勝手に入ってごめんなさい"?それとも"ずっと会いたかった"?否、どれでもなくて。)――おはようございます、利谷さん。………おかえりなさい。


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