墓地の守り手殿255. 通りがかりの黒衣 | |
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(腕には一抱えの白百合。墓標のひとつひとつを巡りながら指を組み合わせ、後に白い花を置いていく) (点々と升を辿るように。気の長い双六のゴールは墓地の管理小屋だった。墨絵のような黒い人影は白い息を零して建物を見上げる。知らず、唇に笑みが伝った) (白百合は全て置き終え手元にはない。代わりに、たった一輪だけ用意した別の花をもって歩み出る。管理小屋の主に宛てて。窓辺へ置いたのは赤い薔薇。白百合同様、聖母に縁のある花だが、託された花言葉は随分と意味合いが違う。この一年でなんとも深い色を吸い上げたものだと目を細めた) (どうか今日という日も。これから続く日々も彼にとって喜びに満ちたものでありますように。その時間に、叶うなら少しでも自分の居場所が許されたなら、それ以上は望みません――どうか。十字を切って黒衣は踵を返す。脳裏で回り始める記憶の上映。振り返る過去は気づけば鼻の奥が優しく痛むほど、どれもこれもが温かかった) | |
赤薔薇の君に256. Need you. | |
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(この風景を、見たことがある。今から1年ほど前に。 事故現場へ花を手向け、商店街へ寄り道し、管理小屋へ戻る道中。 墓標のひとつひとつに供えられた百合を見る黒檀はひどく優しい。 冴えた外気が陽射しの有難味を実感させる中、墓地の閑靜に瑞々しい花弁が真白と透けた あの 冬。記憶を引っ張りださずとも、今でもよく覚えている) (唯一の相違である窓辺の薔薇を、手にとり、気高い香りを吸い込むと躊躇いなくビロードの花弁へ唇を寄せた。以前、白いガーベラへ辿り着くまでに、散々花言葉について調べた記憶は僅かながらも残っている。赤薔薇の花言葉は―――。胸に募る 贈り手への想いを受け止めるにはこの花では役不足だと、男は1年前の自分をなぞり、ポケベルを手に取った。) (月日をかけ白百合が赤薔薇へと進化したように、想いは膨らみ とめどなく。今ならきっと自分も白のガーベラは選ばない。いつか花を贈るなら、赤か黄色のガーベラ…或いはこんな風な赤薔薇を108本。男はソファに座り、そんな一場面を想像すると、一人で声なく静かに笑った。) | |