神父殿に260. アンバー | |
|
(恋人の仕事事情はわかりかねるものの、このところの教会に出入りする人の多さは墓地にくる人間からの聞き伝えや教会前を通りかかった折に自分の目によって確認している。だから"今"が教会の所謂繁忙期だということは察するに難くない。クリスマスイブやクリスマスは恋人と過ごす日であると、本来とは異なった風習が習慣と化してどのくらいか。陽が落ちるが随分と早くなり、まだ16時台というに町は昨晩に引き続きすっかりロマンティックにクリスマス模様。商店街の有志によって施されたイルミネーションが風景を幻想に染めていて、時折足を止める人の姿も見られた。こんな風景も今日が終われば徐々に年の瀬モードへ移行していく。季節限定感が妙に感慨深く、男もまた足を止め、星やらサンタクロースやらを象った光を眺めていた。「あれ、アンバーさんじゃないか。」そんな折に、声をかけてきたのは行き付けである飲食店の店主であった。パートナーを引き連れ、これから遊園地へクリスマスパレードを見に行くのだという。ディナーが美味いだの、イルミネーションが素晴らしいだの。そりゃあ良いクリスマスになりそうだ、と気さくに答えると店主は急に何かを悟ったようにニヤリと笑った。どうやら男の声が常よりも若干の浮かれを伴っていることに気付いたらしかった。「ははーん、さては今届けてきたとこだね。」言い当てられ、おや驚いたと緩やかに黒檀は細くなり、頷く。)ああ、仕入れが間に合ったんでな。今しがた直接受け取りに行って、そのまま届けにいった帰りだ。はは、事務に預けて来たんだが、まあなんとも不思議そうな顔をしてたな。ともあれ、良い店を紹介してくれたな。ありがとう、助かったぜ。(「なあに、いいってことよ!その代わり今度はウチにも食事にきてくれよ。24日の晩はディナーもやってるんだ、神父さんをメロメロにする演出だって考えるとも!」得意気の店主に曖昧に笑い、その姿を見送ると、男は再び歩き出した。) (今日はクリスマス。共に過ごせずともどうか心ばかりのプレゼントを。バレンタインを彷彿とさせる要冷蔵の大きな白い発泡スチロール。中身はまるで滑らかで決め細やかな粉雪が如く脂の入った最高級A5ランクのブランド牛がみっしりと。すき焼き肉が薔薇の花弁のように花開く中央に、ハート型のステーキ肉が鎮座しているのは男も知らぬ仕入れ先の粋な計らい。添えられたメッセージカードには、こう綴られていた。) 疲れてはいないか? 今晩くらい豪勢にいってもバチは当たらねえだろ。血肉滴る夜を楽しむと良い。 一人で食いきれねえようなら、共に頑張った職場仲間にも振る舞ってやってくれ。いつもお前を支えてくれている奴等に俺からも心ばかりの感謝を。 Merry Christmas, my love. | |
墓守殿…いえ、サンタクロース殿に。261. 山田太郎 | |
|
(――山田神父、贈り物ですよ。聖堂からバックヤードへ戻った折、事務の青年が発砲スチロールの箱を抱えたまま出迎えた。ひょっとして、ひょっとすると、彼は荷を受け取ってからそのままの姿勢で待っていたのだろうか。ピアノの鍵盤へ触れるために外していた手袋を嵌め直した神父は、ついさっきまで催していたささやかな聖歌の出し物に意識を引きずられつつあったものの―思考が五線譜で区切られ、黒いおたまじゃくしが躍っている―天啓ともいえる第六感に導かれて、送り主は箱を見ただけでピンと来た。鮮やかに蘇ったのは今年のバレンタイン。そういえば、あのルビーの如き贈り物も、これと同じような箱でやって来たのではないか。白手袋に包まれた指をぐっと組むと、額に組み合わせ重ねた親指を押し付ける。万感込めた、祈りの姿勢である)…いや。別に可笑しな話じゃないだろう。私はね、先んじて祈りを捧げている…前回はさして深く考えず、逸る気持ちのまま開封してしまったから、いけなかった。不意打ち…。そう…ノーガードのボディに鋭いフックを叩きこまれれば、それは誰だって、言葉を失うし…夜通し感謝の言葉を述べ続けてしまう。…さあ、もう大丈夫だとも…驚かないとも。私は冷静だ。 (実に胡散臭い話だと若干引き気味の青年から、まるで聖櫃を受け取るかのように両手で箱を抱えた。手近にあった机の上に置く。慎重に封を切る。かぱりと蓋を取る。中身を見る――その場に崩れ落ちる。――もしもし、山田神父。それが冷静な人間のリアクションなのでしょうか、ねえ神父ってば、おおーい。――恐る恐る覗き込んだ事務手伝いも、わあっと思わず歓声を上げた。品物の上等さは一目見てわかるほど。すごい、すごいですよ、神父様。お肉祭りだ!…ほんとに大丈夫ですか神父、息してます?――そんな歓声を傍らに、テーブルの縁へ手を突きながら、ゆらりと黒衣は立ち上がり) 静まりたまえ。たかが致命傷だよ。 (まあそうでしょうね、ばっちり致命傷ですね、見れば分かります――。事務青年は訳知り顔でハート型のステーキ肉を見つめた。神父が見つめる先も同じく。読み終えたメッセージカードを両手で持ったまま、ぼんやりと考える男を見かね、青年は大きくため息をつき――かぽりと再び箱の蓋を閉ざした。まるで見惚れていた宝物の箱を突然閉められたかのように、あっと思わず抗議の声をあげてしまった。はいはい、いいから、いいから。事務手伝いはやはりあくまで事務的に、コート掛けにさげていた丈の長いフロックコートを手にあれよあれよと神父に着せ、目を瞬かせる背高のっぽの手に箱を持たせた。はい。じゃあ、行ってらっしゃい) …。…いや、彼にも都合があるだろうし…第一、私にはまだ仕事が。…確かに、説教は終わっているし、聖歌のお披露目も済んだし…後は歓談をしつつ、時間になったら解散だが…。イヴと同じく、子らを送らなくてはいけないし…待ちたまえ。どこへ連絡しているんだ?…交番?…子供を送るなら彼にもできる仕事だし、協力もしてくれるだろう…しかし、彼に貸しを作るのは大変面白くないのだがねえ…。 (そんなちっぽけなプライドと、『クリスマスの素敵なディナータイム』のどっちが大事ですか?問われれば、きぱっと答える事には、) ディナーの方が大事だ。…君と分け合っても、これは余りある。だから…そう、これを手に押し掛けるのは…まったく、自然な流れだな。 (口にしながら、思わず噴き出してしまった。なんだか必死に言い訳をしている自分に気づいて、おかしかった。これを最初に見た時から、やりたいと願った事はとうに決まっているのに。緩やかに微笑む顔の穏やかさは、まったく、面白くらいどこにでもいる青年の顔だった。事務方は小さく笑い、そうだ、今の内にボクの分貰っときますね!とちゃっかりタッパーを取り出して、すき焼き肉の薔薇をいくつか攫って行った。――ハート型のは遠慮してくれよ、君。――そこは空気読みますから大丈夫ですって、あー、凄い美味しそうなお肉だなー、これ。今日の晩飯、むっちゃ豪勢になっちゃったなあ) (墓守さんにくれぐれも宜しく、と、今回の配役や立場はバレンタインとは真逆。あの時はビスクスープを持たせた青年を送り出す立場だったが、今日は違う。こんなに早い時間に仕事を切り上げるなど、何年振りか。ゲストへの挨拶を済ませ、勝手口から出てきた神父はちらりと背後の教会を見上げるも、視線を切ると後はもう振り返らなかった。辿るのは通い慣れた墓地への道。きっと、目を瞑ったって辿り着ける。管理小屋に灯りがついていれば扉をノックして。不在のようなら、はたと思いついたようにポケベルでメッセージを送ってみよう。突然押しかけて、彼にも彼の用事があろう事も分かっている。しかし、今日は聖なる夜で、奇跡が起こった日でもある。偶然に祈りを傾けて、それが叶ったらどんなに良いだろうと夢見る程度は赦されるだろうか。出会い頭にかける言葉はぽんと自然に浮かんできた。――こんばんは、素敵なサンタクロースさん、) 素晴らしいプレゼントをどうも有難うございます。 あまりに素敵だったので…貴方と分け合いたくなりました。 ええ、焼き加減はどうぞお任せください…きっと美味しく仕上げてみせましょう。 貴方が用意して、私が料理した『心臓』を二人で食べるだなんて、実に痛快ですね。 (恐らく淀みなく言えるのはそこまでで、ぐう、と鳴く腹の虫が直に邪魔をする。贈り物を、今日という時間を。彼と分け合いたいと望んだ欲張りは叶えば、それもまた、忘れたくない記憶のひとつになるに違いない。ツリーを飾るように輝く思い出が増えていく。今はただ、その一瞬一瞬が眩くて、嬉しくて――子供のように、笑っていた) | |
ー265. アンバー | |
|
(バレンタインからホワイトデーの”この流れ”も今夜ばかりは此処で途切れるだろう。あの時は確か事務の青年がスープを運んできてくれたが、さすがに肉を焼いてそれを運ぶような真似はしまい。墓地が見回りから帰宅した男は、眼帯を引っ掴み取り出して、柔く握りしめ淡い溜息を零していた。その数秒後に、突然背後の扉より、来訪者を知らせるノックの音が聞こえたものだから、小さく息をのむ。扉を開けた先に居たのは、白い発泡スチロールの箱を抱えた黒衣の人。瞬きひとつ、固まること暫く。状況を理解し、やがて愛しい人の腹の虫が騒ぎ出した頃にはどうしようもない感情に胸が満たされていた。自分は…、何もかもを分かり切っていた悟りきっていた自分は。それでも恋人と共に聖夜を過ごしたかったのだと押し殺していた思いが溢れ出して。我儘に気付かされて。幼子の微笑みに返したのは、とても嬉しそうではにかみを纏い眉尻下げた笑顔。) ……とにかく、入れよ。 (扉を大きく開き出迎える。――聖夜の奇跡に感謝を。 男が、訪問時に聞いた心臓云々の意味を知り、肉を切り分ける(ハートを分断する)を躊躇うのはもう少し先の話である。) | |