杠 霧人 様319. 黒野 | |
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(深緑のクレープ紙に細い金のリボンを掛けた箱はサイズの割に重みがある。箱を開ければ酒だと一目で分かる、黒い瓶が収まっているだろう。添えられているアイボリーのメッセージカードに綴られている言葉は──) 誕生日おめでとう。 前におでんを食べた時、お酒の話をしていたのを思い出したからリキュールを贈ります。 クリームリキュールだからお酒っぽさはあまり無いかも知れないけど、 温かい紅茶やコーヒーに合うからこれからの季節には良いと思います。 仕事の合間に一息入れるお供になったら嬉しいな。 未来のマエストロに、時計屋より | |
未来のオレの顧客へ321. 杠霧人 | |
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(紅茶に垂らしたクリームリキュールには更に薫り高く、製作で高揚した気の 良い息抜きとなった。湯気の揺らぐカップを置いて机に向き合う。さらさらと淀みなく便箋に綴るのは、) お祝いの言葉で充分なのにプレゼントまで貰えるなんて… 一体何が狙いなの?…なんつってさ、冗談。 早速紅茶に淹れて飲んでるけど、 これロックで飲んでもスイーツ感覚で美味いかもしんないね。 ありがとう、ご馳走様。 《追伸》 息抜き出来て気分乗ったから井戸端で言ってたし、黒野さんに。 店で雇ってあげてね。 杠より (宛名は、人形師としての自負。彼とて職人、物を見る目はあるだろうと穏やかに目を向けるは、つい先ほど完成したヒト。60センチほどの某フライドチキンのおじさんに限りなく似せた人形だった。戯れの一環故、権利云々の大人の事情諸々はご容赦いただきたいところである。いつかの、「某フライドチキンとか、ああいう人形を1年中店頭に出すのも」と井戸端での彼のつぶやきから気紛れに作っていたものだった故、飾るもよし飾らぬもよし。ただ先方がこのヒトを無下にすることはないとこれまでの交流より知った情報があれば、贈るになんの問題もない。人形に手紙を持たせて、さて明日はサプライズが為、朝イチで彼の店のポストにでもこいつを据えにいこうか。成人になったとて、そうすぐに大人になる訳じゃあるまい。まだまだ悪戯心は健在にて、これを見た時の相手の反応を思い、笑った。) | |
杠 霧人 様323. 黒野時計店店主ならびに名誉店主 | |
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(今朝は一段と空気が冷えて、また「この秋一番の冷え込み」が更新されただろうか……と考えながら2階の自宅から階下の店舗までの通勤。徒歩1分では目もすっきり覚めきらない。が、下りたシャッターの横、店舗のポストを見て目を見開いた。真ん丸に見開いた目玉が落ちるかと思うほどで、一気に目が覚めた。小さなカーネル・サンダースが鎮座している、寝惚けてフライドチキン店に歩いてきたのかと考えかけて、そんなわけがないと頭を手櫛で掻きながら思い直す。白いスーツ、眼鏡、黒いリボンタイ……見れば見るほどサンダースな人形は手紙を携えていた。とにかく寒空に曝したままでは悪いと思ってシャッターを開けると──動揺と人形を横目に見ていたのとで2度ほど鍵を挿し損ねた──店内に人形を抱き上げて入っていった) 杠くんへ 何が狙いなのか、と聞かれたけれど……こっちの台詞だよ。 確かに言った、言ったよ? でも本当に店にカーネル・サンダースが来るなんて普通思わないからね? こういうサイズの人形を間近で見るのは初めてだったけど、すごいね。 球体関節人形とかって少年少女の姿のイメージだったから、 こんなお爺さんの人形もありなんだなって。 愛着が湧いて服を買ったり写真を撮ったりする人の気持ちが分かった、かも。 個人的に、お爺さんだなあって実感できる皮膚の質感と髭、何より手の表情がすごく気に入りました。 杠くんは良い仕事をするんだねえ。 カーネルさんには名誉店長になってもらいました。 彼のお世話の仕方、今度聞きに行きたいと思うのでよろしくお願いします。 寒くなってきたから、お互い手を労ろうね。 黒野 (数日後、悪戯心あふれる人形師のアトリエに届いた手紙。臙脂色の封筒にはオフホワイトの便箋、それから写真が一葉。黒野時計店のショウケースに寄り添う人形を収めた写真。にこやかな老爺の人形はちょうど良いサイズの懐中時計を両腕で抱える格好で、小さなサンタクロース帽を被っている。時計屋もまた、若き人形師の悪戯心に面喰いつつも乗ってしまったのだった) | |