宿里恭一郎様325. *** | |
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(──例えば人目に付かない場所にそっと呼び出した相手に手渡す恋文。そういった状況ならいざ知らず、手紙とは郵便ポストに投函するものだと習慣で思い込んでいた。が、この島では家を訪ねて直接届けることもあるようだ。実際自分が受け取ったレポートも紅い宝石も花も、直接店のポストに置いていったと思われる節があった。それはつまり今までの全部では、と思い至り今度は自分が届けに行くことにした。今日のために作っていたプレゼントを箱に丁重に収めたなら、落ち着いた赤の包装紙できっちり包んで控えめな白いレースのリボンにメッセージカードを挟み込む。矯めつ眇めつ僅かな緩みやズレのないことを確かめた包みを携えて、暗くなったクリスマスイブの住宅街に歩き出した。冬の夜気が頬から熱を攫っていくのも今は心地良く、時折空を見上げて星が輝くのを眺めながら歩けば目的のアパートに着くのもすぐだった。ポストの上に両手に捧げ持つ包みをそっと置いた)………………。(何か祈るように首を垂れることしばし。やがて踵を返して、また星を数えながら歩いていくだろう) (カードに綴られた文面は聖なる夜には少しばかり物騒で自分たちらしいもの。正直な文字はひたすらに静かで、何かを──例えば楽しさに浮つく気分を──取り繕う気配が色濃く残っている) この時計はぼくの心臓です。 観るも暴くもお好きなように。お任せします。 あなたのための血を蓄えて、あなたのために滴らせるでしょう。 Merry Christmas. (箱の中には丁寧に緩衝材に包まれた時計が収まっている。ホワイトウッドの立方体の一面が極めてシンプルな文字盤となっている時計は、付属の台座に乗せることで文字盤の面が見やすい角度で──粘土に固定された鉱物標本のように──置けるようになっている。何の変哲もない置時計は背面に仕掛けが施されていて、良く観察すれば角の1ヶ所に別のパーツが填め込まれていると分かるだろう。そこから3回ずらせば細工箱のように開いて、立方体の中に忍ばせたもうひとつの贈り物が現れる。それは銀色の指輪、いつか自分の血を飲みたいと言った恋人のために作った牙) | |
黒野さんへ327. 宿里恭一郎 | |
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(今宵は星がとても美しい夜だった。吐き出す息も白く、イルミネーションに彩られた商店街を歩く。子供の頃には両親がサンタクロースになってクリスマスに贈り物をしてくれたものだが、大人になると人は皆誰かのサンタクロースになるのかもしれない。例えば今宵、己が彼の其れで在りたいと願うように。奇しくも彼が己の家のポストで祈るように首を垂れている頃、男は黒野時計店の前にいた。店は既に閉じていて、二階も灯りはなく人の気配は見られない。それでいい。サンタクロースは姿を見られてはいけないのだ。店のポストにそっと入れたのはアンティークゴールドと黒のペーパーでシックにラッピングされたワインボトル。リボンは星の輝きに似た上品なシルバーにアクセントとして細いゴールドのリボンで作ったバラが添えられている。ワインは神話の象徴と表現されるボルドー最高峰のシャトー。まさか行きつけの店で見つけることができようとは。気付けば衝動買い、しかしてこれを一人で飲むにはあまりにも味気ないと…結局迷っていた彼へのプレゼントとすることにおさまったのである。メッセージカードには以下のように記されてる。) 僕の大好きな黒野さん。 Merry Christmas. 血で乾杯はそう簡単にはできないでしょうが、これならいつでも。 飲む時は是非誘ってください。 (打算計算。彼と過ごす口実をまたひとつ。プレゼントを配り終えた満足を胸に、帰宅した己を待っていたのは。)……考えることは同じ、ですね。(ふ、と和らいだ赤眼がポストの上に置かれたサンタクロースからの贈り物を見つめる。大切にそれを抱えると部屋へ。リビングの机に置いて、手洗いうがい、食事、風呂を済ませると、ようやく腰を降ろしてメッセージカードに目を通して。カードを持ったまま手の甲で目元を覆い、そのままソファの背もたれへ身を預け)やっぱり今夜会えば良かった。……直接、黒野さんに言わせたいなコレも。(口の中で呟く。しばらく。起き上がるとカードをテーブルへ置き、代わりに赤い箱を手に持つと、そっと白いリボンへ唇を落とした。中身をすぐに確認してしまいたい衝動を殺し、男は就寝が為寝室へと向かう。サンタクロースのクリスマスプレゼントは25日の朝、目覚めた後のお楽しみがセオリーだろうから。おやすみ、また明日。リビングの電気を消し、薄暗がりの彼の心臓へ名残の微笑みを向ける。まだ中身はわからない。けれど、気持ちも贈り物も、ただとても嬉しかったからお礼だけは一足先にポケベルで。――――目覚めた朝。寝癖のついた髪のままでプレゼント箱をいそいそと開ける男。センスに満ちた時計に歓喜し、時計の観察に夢中になった挙げ句、人生初の遅刻が差し迫り、心臓《指輪》を握りしめたまま全力疾走することになったのはまた別のお話。) | |