神父殿へ326. アンバー | |
|
(今宵はクリスマスイブ。本番を明日に控え、少しだけ夜更かしする人が多い特別な日。神父である恋人も、今夜から明日にかけて目の回るような忙しさだろうことは承知済みであるから、このイベントは大概贈り物をすることで愛おしいこの想いを伝えてきた。しかして、己は知ってしまったのである。回想に見上げた夜空に瞬く星。今でも思い出せる、去年のクリスマス。扉を開けた先に在った、白い発泡スチロール箱を抱える黒衣の、輝く幼子の笑み。リアリティが齎す強烈な光。男が向かう先は、教会だった。) ………。(ほのかに暖かな光を灯す教会。井戸端で話していたフリーダムツリーに歩み寄り、完成してから此方様々なオーナメントが下げられた賑わいを微笑ましく見つめるとポケットからひとつのオーナメントを取り出す。小さく唸り、考え込むような素振りをすること暫し、結局リースの隣にさげると、そのまま扉前へ向かい、音を響かせぬよう開け身を滑らせた。己の大柄の身体は酷く目立つが、今は説教の時間なのだろうか。大勢集まる信徒達の視線は熱心に恋人に向けられている。入口付近の一番端の椅子に腰を降ろして、静かにその声に聞き入った。時に和らげた黒檀でその姿を見つめながら、時に心に染み入る声に癒されるが如く瞳を閉じながら。左手の銀の環を右手の指先が優しく撫ぜる。やがて一段落終えた時間の隙間を見つけて、男はゆっくりと教会を後にする。その前にとポストに入れたのは、用意していた封筒。中には一枚のメッセージカードが入っている。) Merry Christmas, my love. (その裏には、) 例のツリーのオーナメント、 リース傍にさげた青リボンのプレゼント箱に今年のサプライズを仕込んだ。 取り外す時は、是非お前の手で。 (プロポーズをあの日に終え、今更感は拭えまい。しかしてフリーダムツリー製作時から朧気に計画していたのだ。あの時にまさか『する』と予想できなかったとえはいえ…今更他のものをという考えも己には思いつかず。いやむしろ早く手渡した方がいいと決行を決意し、封筒を投函した男の表情は複雑に困った風に笑っていた。オーナメント風の青いリボンのプレゼント箱。中身は、墓地管理小屋 暗夜家の鍵である。 Merry Christmas, my love. どうか心穏やかで幸せなクリスマスを。) | |
景虎さんに。330. 山田太郎 | |
|
(多くの同業者は人前へ立つ前に、さてどんな話をしたものかという内容を簡単に紙へ纏めていた。少なくとも、己の周りに居た人達はそうだった。その点、自分には台本というものが不要である。一度組み立てた話の粗筋は記憶の決まった場所に掲げられており、自分はただそれを読めばいい。聖書も旧約新約全て頭に入っているから本当は不要なのだが、これは単に読むだけの本に非ず。例えば、聖書へ手を置き片手で天を指し立てた誓いは特別なものになるように。――イヴも当日も、兎角この生誕祭は年に一度の大行事である。他にも重要な祭事はあるのだが、本邦において宗教的意味合いが一般にも広く知られる行事はこれを除いて他にそうあるまい。普段は教会へ縁の無い人も多く立ち寄る一日でもある。有志の子供達による聖歌のお披露目もある。内々で催されるクリスマスの集いもある。メッセージレターも方々へ送らねばならない。いつもは半分寝惚けているような神父も、この日ばかりは冴えた目と頭で、幾日の徹夜、幾日の早起きを経て仕事を片付けて行った。猛然と事に奔走する神父においては『片付ける』というより『着実に一匹一匹仕留める』といった表現の方が似合っていた、かもしれない) (――とはいえ、そんな殺気立った姿を人前で晒す聖職者ではないので。イヴの夜に説教へ立つ折には、咳払い一つで柔和さを羽織り、十字架の掲げられた聖堂へ現れた。手にしているのは手に馴染んだ聖書一冊、話す内容は毎年概ね決まっているし、前述した通り、この吸血鬼の能力ゆえ台本は不要だった。今日この日を迎える喜びと、遠い遠い昔、導きの星が昇った後に生を受けた救世主の話をしましょう。どれほどの祝福があり、彼自身もまた、どんなに沢山の福音を我々に届けんと歩いたのかを。ふと。目を上げた時、教会の出入り口に近い席へ酷く見慣れた顔を見つけた) ……。(息継ぎの間に等しい沈黙があって、) (再び滑らかに話は続いた。口元に笑みが綻んだのは、何も神やその子らへの愛だけによったものではない。それは、ごく個人的な愛着が大半を占めていた) (残すエピソードは後半に譲り、ひとまずの小休止を挟んだ時。ペットボトルの水を飲む間も惜しく、急ぎ足で聖堂の長椅子に探し人はまだ居るかと演台より降りたが、もう彼はその場を後にしていた。ふむ。手にしたミネラルウォーターの三分の一を一度に飲み下してから、信徒の間を通って壁際にたどり着いた直後である。「山田神父、山田神父、お手紙ですよ」――事務手伝いの声だった) 君は…事務方より、郵便配達員にでもなった方がいいんじゃないのかね…? (だってこの時間が始まる前にもポストは確認していたのだ。ここで話している短い間で、そんなにすぐ新しい郵便物が届くとは普通思うまい。ええー、そんな意地悪言うとボクがこの手紙読んじゃいますからねー?と嘯く青年の手から、丁重な礼にそぐわぬ手荒な早業で封筒をひったくると、そろりと中身をあらためた) (事務手伝いは既に何かを察している。なにせこういった光景を見るのは慣れているのだ。にわかに神父の肩が震え出しても平静を保っている。ただ、傍へ近づいてきた子供達だけが心配げに長身の神父を見上げている) (後に信徒より語られた所によると、神父は一枚のメッセージカードを見た後、普段の動作からは想像もつかない俊足でツリーに駆け寄り、プレゼント箱を開封した。中身を掲げた彼は、後ろからぱたぱたついてきた子供の一人に向かい膝をつくと「ありがとう」と言いながら感激の抱擁を見舞ったという。「いやあ、山田神父は時々、何をするかわからない所があるよな。セーターの作成作業を朝だけでなく夜中にも増やしますとか、それからはセーターしか言わなくなっちまうし、子供は自分がセーターを貰えるんだと勘違いするしで」――サンタクロースのように真っ白な髭をたくわえた信徒の一人は、眼鏡越しの小さな目をしばたかせながら笑った。「墓守さん関連だと特にそうだね。わしは見たんだ。あのツリーに新しいオーナメントをさげるアンバーさんを。え?何が入れられてたのかって?そこまでは見ちゃいないよ、ああ、神様に誓って」) | |