ニコに。遂にこの日が来たな、去年から待ち遠しくて仕方が無かった。335. 不動一生 | |
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(――よし、と頷いた警官の表情には会心の笑みが浮かんでいる。彼と話をする内に、あれもこれも揃えたいと願ったものの全てが、ひとまずはここにある。ショートケーキワンホール、かぼちゃのプリン、それと、ふかふかとした犬の抱き枕。犬種は色々あったのだが何となく、自己顕示欲を潜ませたくていつか話題に上がった柴犬を採用した。これを見てちょっとでも、彼が自分を思い出す時間が増えればいい。ひとつ頷いて立ち上がると、赤いジャンパーを羽織って階段を下りる。交番を出て、握りしめていた手紙をポストに――と思いきや通り過ぎて、向かったのは彼の自宅である。在宅か不在かは確かめなかった。ことん、とポストへ入れたのはいつもの、茶封筒に白い便箋ではなく、一枚のメッセージカード。淡い水色の封筒を開ければ、はがきサイズの厚手のカードがお目見えする筈。絵柄はやはり、犬。愛らしくイラストにされた白い犬が、クリーム色の毛並みの兎を頭に乗せて、無邪気に手紙を銜えて走っている図柄である。ふきだし型のメッセージ欄には、お約束の角ばった字でこう綴られている) ニコに。 思えばこの日の話題が出たのは去年の冬だったな。一年近く待ったという訳だ。 君は何度も、俺が忘れるのではないかと案じていたようだが、この通り。 手帳にもカレンダーにも書いておいた俺に抜かりはなかったし、 そもそもそこまでせずとも自然に覚えていられたのは、まず言っておきたい。 今日はこっちの家で晩飯を食っていってくれ。時間ができたらいつでも来て欲しい。 渡したいもの、一緒に食いたいもの、言いたい事が沢山ある。 (招待状を届け終えてから、この後のために今日の分の仕事を早めに終わらせた警官は来た時と同じく、自転車に跨って風を連れて去って行った。――やがて彼がやってくれば、どんな顔をしようかまでは決まってないけれど、言いたい言葉は決まっている) (この世界に生まれてきてくれて有難う。――今日はニコの日、自分にとっては、あなたのためだけの日なのだと) | |
一生、覚えていてくれてありがとう。…ほんとに、嬉しい。336. ニコ | |
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(自分の生まれた日は知らない。それは人間だった時もそうだし、吸血鬼として生まれた日も正確には覚えていない。でもそれで良かった。生まれたことを祝ってもらうことなどきっとこの先無いと、全てを思い出すことを止めた日に思っていたから。――なのに未来というのは本当にどうなるか分からないらしい。新しく出来た自分の日をまさかこんなに楽しみにしている自分がいるとは。何も考えないように朝を過ごし、仕事を済ませて帰ってくるとポストには可愛らしい招待状が届いていた。そのイラストを見て思わず笑みが浮かぶ。招待状を読み終えればすぐに家を出発した、こんなにすぐに誰かに会いたいなんて気持ちになる自分に不思議な気分でもある。彼の家―交番についてからは本当に”夢の様な一時”だった。本当に自分が欲しいと言っていたものがそこに揃っていたのには思わず笑ってしまった。そんな楽しい時間はあっという間、感激のままに家に帰って次の日、気づけばペンを取っていた) 一生へ。 本当に覚えてくれていてありがとう。 プレゼントも見事だった。抱き枕、大事にする。 誰かに生まれてきたことを祝わってもらえるなんて思ってなかった。 オレの日って、恥ずかしいけど…嬉しかった。 生まれてきて、良かった。 (彼の台詞にあの日は恥ずかしくて何だか誤魔化してしまったから手紙にはもう少し素直にお礼を書いた。生まれてきたことを良かったと思える、そんな思い出をたくさんたくさん彼とこれからも作っていけますように――) | |