c 神父殿へ

340. アンバー
... 2019/02/14...Thu // 15:20:48

(ピアノ・セーター・タキシード…最近は恋人に『してやられ気味』の墓守は2月14日のバレンタインに備え、今日も頭を悩ませていた。きっと今年も彼からチョコレートが貰えると希望的観測は自惚れではないと願いたい旨はさておき。お返しのジャブを打つべく、いつものごとく商店街を歩く。バレンタインの数日前であり、商店街の店も恋人たちのイベントを意識した装いに変わっている。心なしか甘い香りがするのは道行く人々がどこかそわめき浮足立っているからなのかもしれない。そんな通行人に混じって、墓守もまたのんびりと歩きながら恋人と出会ってからのバレンタインの記憶を辿っていた。2年連続で頂戴したチョコレートの味、管理小屋にて出番を待つロングマフラー、記憶ながら香る赤の衝撃。そう、己はこの日に限っては毎年先手を打たれている。いっそ今年は此方から仕掛けるべきか…。よもや恋人たちの甘いイベントに加わりサプライズ合戦にいかにしてリードを取るべきかとそんなある種の争いも加わっているのは結局は彼を喜ばせたいとその一心により。)………。(閃きを待つように思案の中、眺めたのは一軒の雑貨屋だった。およそ30代後半の男には縁のなさげな内装に躊躇いは刹那、ふらり店内へ足を進める。珍しいね墓守さんがこの店に来るなんて、初めてじゃないかい。そんな店主の言葉に複雑そうに笑うと、店に並ぶ品を見て回る。どれもこれもが手に触れたら壊れてしまいそうな華やかさと繊細さに満ちていて…これを見ながら、これまで自分が選んできた贈り物の”色気のなさ”にハッと気付かされる。悩むこと数十分。良い品はあったかい?と気安く声をかけた店主に、男は苦みの滲むはにかみと共に一つの品を手に取って告げる。)…ああ、柄じゃねえかもしれねえが。これを頼む。

(バレンタイン当日。墓地の清掃前に教会に立ち寄り、備え付けらえたポストへラッピングされた以下の品を投函した。ひとつ、恒例の墓守が愛飲している狼男ブレンド珈琲。そしてもうひとつが、平べったい薄いアルミ缶にぎっしりと詰められたショコラのリップバームである。保湿力はさることながら、蓋を開けるとダークチョコレートとオレンジピールのほろ苦さの中に甘い爽やかさが混じる香りはひとときの和みをどうか届けてくれまいかと選んだもの。まだまだ寒い北風の吹くこの季節、彼の柔らかな唇を護りますように。プレゼントを投函し、墓地へと戻る足取りはゆったりと無意識に片手指先が、自然と微笑む己の唇に触れた。)…さて、神父殿は一体どの意味で捉えてくれるだろうな。(プレゼントにメッセージカードはついていない。ただアルミ缶の底には油性ペンで悪戯に『Kiss you』とただ短い英単語が二つ並んでいる。)

h 大変色っぽい贈り物を有難うございます…化粧品を頂いたのは初めてでした…。

343. 山田太郎
... 2019/02/14...Thu // 21:56:00

(バレンタインデーとは、即ち聖ヴァレンティヌスの日である。遡ること西暦200年代。かの聖人は、当時禁止されていた兵士の結婚を認め祝福した咎を負い処刑されたという。弾圧を恐れず、命を懸けて愛し合う者達を娶わせた彼は、やがて恋人達の守護聖人とされ――とは、一説。クリスマス然り、最近なにかと本邦で持て囃されているイースターも我々の祭りである。然り、避けて通れぬ道である、カトリック教会においては既に記念日として扱われないのが通例ではあるが、とりあえず祝い日ではあるのには違いない。信徒の数はけして多く無いが、この島内には教会があり、自分は神父だ。催事の音頭を取るため事務室から出てきた神父は斯くして、常のカソック姿――ではなく。黒地のナイロン製エプロンを身に着けてやって来た)

(いや、待って。山田神父、待ってください。おかしいなあ。ボクがおかしいのかな、なんで聖堂にエプロン姿のドヤ顔司祭が?いや、それ以前に、集まったちびっこ達もエプロン姿だし、保護者の皆さんもそうだし。何これ。え、ボクも着るんです?え?しかも台所に移動?台所でミサ?待ってってば、おーい、誰かー。俺にも分かるように説明して、なんでバレンタインに総出でカレー作ることになってるのー…?)

(本邦におけるバレンタインデーの流行は1958年頃からとある。周知の通り、チョコレートを贈ろうとはっぱをかけたのは製菓会社、ただし元々どこの会社が始めたのかについてはこれまた諸説ある。――ぞろぞろと全員でやってきた教会内のキッチンで、わいわいがやがやとカレー作りが始まった。野菜の下ごしらえ。使用するカレールーは市販品を用いたが、隠し味にはいくつか種類の違うチョコレートを用意した。ダーク、ビター、ミルク。いつもは神父と事務員だけが使うガスコンロ、シンク前、大きく開けておいたテーブルの上でも賑やかに作業が進む。鍋が噴きこぼれそうになったり、包丁の扱いが不慣れな子供が居たりと、多々あわやという場面はあれど、それも後々には笑い話になる程度のものだ。じきに、できたー!の合唱が聞こえるまでにそうはかからない。その直前に、神父はその場を事務員に任せ、するりとエプロンを脱ぎコートを羽織って勝手口に向かっていた。行きがけに洗面所へ寄って、ポケットから取り出したアルミの缶をころりと掌に乗せる)
…。自分が、こういったものを使う日が来るとは…。
(分からないものだと歌うように呟く割に、蓋を開けてショコラ色のバームを薬指に取る仕草に戸惑いは薄かった。指が動く毎に指に嵌めた銀環も輝いた。ぽんぽんと唇に広げれば鼻先をチョコレートの甘い匂いが掠める。思わず真面目に鏡を覗き込んでいた自分の顔とばったり出くわし、くす、くすと笑った。お守り代わりにリップバームをポケットへ入れて、小さな紙袋―中には以前彼が好きだと言った数種のトリュフチョコが入っている―を手にいざ、向かったのは墓地の管理小屋。家主がもし不在であれば、足早に近辺を。それでも見当たらなければ、思いつく限りをその脚で回ろう。――どこかで出会う頃にもまだ、唇にかかった甘い魔法は解けずにいるだろうか。景虎さん、と弾んだ声が呼ぶ)
今年も珈琲と…贈り物を有難うございました。…もし、お昼ご飯がまだでしたら…教会へ召し上がりにいらっしゃいませんか?皆さんで、カレーを作ったのです…隠し味に、ちゃんとチョコレートを入れて…。きっと美味しいと思いますし…たまには、大勢でとる食事も悪くないかなと…。
(ほわほわと語り終えてから、さて、相手から返事がある前に。そっと距離を詰める事ができれば、相手だけに聞こえる声で、)
それと。…どうしても、本日中にお渡ししたいものがもう一つ、ありますので…。
(指先で自らの唇を指す。何の気なしに引っ繰り返したリップバームの缶に走り書きされたその一言に、どれほど心臓が高鳴った事か。なんとしても、今日と言う日が終わる前に触れ合う体温の高さで直接お伝えしよう。その時にどんな味が香るかもまた、楽しみの一つでもある。甘いか、ほろ苦いか。それとも、それ以外か)


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