寒椿の君36. 日曜日 | |
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(今後ろを振り返ったら、きっと本の雪崩が自分を襲ってくるに違いない。自分が現在置かれている状況をそう表現したくなるくらいには、オーバーワークだ。自宅と仕事場を行ったり来たりする時間さえ惜しくて、数日はこの仕事場―つまり元自宅にひきこもっているわけである。それもこれも、少しでも時間を切り詰めてさっさと彼のいる日常に戻るため。ああ、とても大事な一日に顔を合わせることができないなんて!悲壮感と締切だけが背後に待ち構えていても、それらを無視して会いに行くことはできやしない。―きっとそんな自分を、彼は待ってはいないだろう。少しだけ早い日に郵便屋を呼びつけて小包は託してある。中身は一通の手紙と、異国の写真が印刷されたポストカードの束。思いの欠片をそれに預けて、少し待ってくれよと傍に居ない恋人に詫びた) ---------- 九十九君へ これからも君と同じ物を見て過ごす毎日でありたい。 生まれてきてくれて、ありがとう。 私を、見つけてくれてありがとう。 | |
エメラルド色のひとへ39. あとひとつの数 | |
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(昼間に届いた小包を、夜に開く。彼はまだ仕事をしているだろう。きっと真面目な横顔をして。たまに見せるその顔が好きだと、告げたことはあっただろうか?ポストカードを一枚一枚、そして手紙を開いて一人で赤くなる。インクの痕を愛しげに指でなぞって、万年筆を取り出した) ----------- オズさんへ ありがとう。 この小さな島で、出会えたことに感謝します。 もう手放してあげませんよ。 体に気を付けて。 ----------- (窓から秋の月を見上げる。彼がもし多忙な仕事の合間に月を見上げたなら――その瞬間、二人は繋がる。そんな形の繋がり方もあるのだと、知れた男は幸せだった) | |