サチさんへ60. 周防幸正 | |
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『本来なら直接お願いしに伺うものですが、仕事から手が離せないもので郵送で失礼致します。名前はレンジさん2号です。後ほど時間ができ次第、ちゃんと挨拶に伺いますね。もし、何か必要なものがあれば言って下さい!ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。 PS:ブタみたいな黒猫がお邪魔してたら、ごめんなさい。』 (とある正午過ぎ、そんな手紙と共に、そこそこの大きさな荷物が彼の元へ届くだろう。運んできた配達人は疲れ切った表情で「レンジなんて…新しいの、買えばいいのに…!」なんて、きっと文句を垂れたに違いない。その言葉で、箱の中身や送り主について大体の察しは付くことだろう。配達人と送り主との間で、ちょっとした言い争いがあったことも、何となく想像できそうだ。――段ボールを開けば、そこにはクッション材に包まったオーブンレンジ。レンジ内の底と、扉のガラスに見事なヒビが入っており、何とも可哀想な状態である。勿論、飛び散った卵や汚れは掃除済みだ。一緒に届いた手紙には、直接届けに行けなかったことの謝罪と挨拶、そして謎の追伸。その意味に、いつの間にか傍らに居るであろう太った黒猫の存在に、彼はいつ気づくだろうか――。) | |
周防61. サチ | |
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(――「サチ、さんっお届け物、です…!」起きていても気分次第で平然と居留守を使う男がすんなりとドアを開けたのは疲労感滲ませる配達人を思い遣ったわけではなく、このタイミングで届く荷物に心当たりがあった故。肩で息をする姿を一瞥して労わりの言葉を掛けるでもなく、ひょいと顎をしゃくって室内を示す。中まで運べ。無言の主張をしっかり察した配達人は、ひぃひぃと息を乱しながらも指示された場所に荷物を下ろし職務を全う。その際漏らされた文句は右から左へ、もう用は済んだとばかりにシッシと手を払い、閉まるドアに目もくれず感電防止のゴム手袋(サチの能力の影響を受けない特注品)を装着して早速作業開始。一通り故障個所及び修理に必要な部品の手持ちがあるかの確認を終えてから漸く手紙に目を通し――追伸を確認するのと背後で鳴き声がしたのはどちらが早かったか。ばっと後ろを振り返って眼鏡の奥の漆黒を膨らませる。いつの間に。ひくりと口許を引き攣らせ饅頭のようなそれに手を伸ばす前に、室内を見回して適当な紙とペンを取り) これなら多分いける。直ったら送り返すから支払い準備して待ってろ。金か飯。 あと、このデブに死にたくなきゃもう来るなって言っとけ。ジャマ。 (書き終えれば寛いでいる黒猫の首―首輪があればそれに、なければ適当な紐を猫の首に絞まらない程度に巻いて―に括り付け、首根っこを掴もうとしたが重たかったので仕方なく両手で抱え上げて外に放り出そう。自室で猫が感電死なぞ最悪だ。容赦なくドアを閉めれば鍵も掛けて、静かになった室内で作業に没頭しよう――。) | |
サチさん65. 周防幸正 | |
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(一段落ついた診察の合間。ぐったりと、カウンターで伸びきった周防の頭に、容赦のないチョップが落とされる。それに痛みを訴えること無く、「あ゛ー…?」と壊れた人形の如く顔を上げれば、疲れ切った配達人の顔がそこにあった。何故そんなに疲労してるんだ。訳が分からず小首を傾げるけれど、その両腕に抱えられた黒猫を見れば「ありゃまー…」と声を漏らす。話を聞けば、サチさん宅の玄関で昼寝をしていたらしい。この巨体をよくもまぁ…。汗だくの配達人へ哀れみの目を向けて、猫の首に巻かれた紐、否、それに付けられた紙へ手を伸ばすのだろう。というか、やっぱり行ってたんだな…と、がっくり肩を落としながら紙面の文字へ目を通す。――「もう来んなだって。」と、手紙を読んだ後に注意してみるが、返事どころか視線もくれず、ただ大きな欠伸を返されるに終わってしまった。) 『直せるようで良かったです。我が家のレンジさん2号をよろしくお願いします。支払いはー…飯って宵宿でもOKですか?あ、猫には注意しときました。俺はちゃんと言いました。本当ですよ。』 (黒猫を自宅へ押し込み、手紙だけを配達人に渡す。その際、ささやかなお礼として飲み物やお菓子を渡してみたが、残念ながらあまり効果は無かった。――ジト目で病院を去る男の背中を見送った後、自宅を確認すると黒猫の姿はどこにも無く。暫くして、彼の自宅の玄関前にて昼寝をしてるという知らせを受ければ、周防は再び肩を落とすのだろう。一応、彼の邪魔はしないようにしてるらしい。) | |
周防66. サチ | |
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(修理を趣味としている男は日頃から様々な場所で廃品を漁っては数点持ち帰り、時には新品同様にして誰かに売り付け、時には解体して生きている部品のみを手元に残し、時にはその仕組みを隅々まで調べ尽くし、時には暇潰しに直してバラしてを繰り返す。今回のように部品の交換が必要な修理では過去に拾った廃品が役立つことが多々あるのだ。話を聞いた段階で予想していた通りヒビの入っていた扉と底は同じ型を探して交換、他にも確認した際に見つけた不具合も直して動作確認をし終えたのは修理開始から約一週間後。部品探しには多少手間取ったが金銭的な負担は殆どない。部屋を出る度に高確率で遭遇する黒饅頭に最初は眉を寄せたが出入りや作業の邪魔はしてこなかったので直ぐに気にも留めなくなったし、いつの間にやら若干意思の疎通が図れるようになった。「おい、直ったから配達員捕まえて来い」今日も今日とて丸まっていた黒猫に一声掛けると通じたのか否か、猫はのしのしと歩いて行き――) 宵宿でいい。 黒まんじゅうにも何かやっとけ。 (メモは電子レンジの扉に貼り付けた。サチはさっぱり覚えていなかったが、梱包された電子レンジと黒猫を台車に載せた配達員はどうやら前回と同一人物のようだ。) | |
サチさん70. 周防幸正 | |
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(この一週間で随分と老け込んだ気がする。そう言った近所の爺さんがずず、と茶を啜る音を聞きながら、怒涛の診察ラッシュを終えた周防は見事にダウンしていた。あまりの余裕の無さに、結局彼の家へ挨拶にも行けてない。空腹を訴える腹に唸りを上げる男を、楽し気に見下ろした爺さんはケラケラと笑う。そんな時にやってきた配達人の声に、勢いよく起き上がった周防が熱々のお茶を被ってしまえば、暫く院内が騒がしいことになってしまうのだろう。) 『レンジ2号と黒まんじゅう、無事に受け取りました。何だか前よりも調子が良いんですけど、サチさんの修理技術って凄いんですね。有難うございます。お礼の宵宿は、今度お誘いさせてもらいますね。折角ですし、一緒に飲みましょう!』 (簡潔すぎるその内容は正にメモだ。黒まんじゅうの文字に黒猫を見れば、何が書いてあるのか読めない癖に期待の眼差しを向けてくる。とりあえず、彼の言う通りにオヤツでも与えておくことにした。その後、壊れる前よりも調子の良くなったレンジに感動し、お礼の手紙を書いたは良いものの。呼び出した配達人は偶然にも前と同じ男で、「猫は運びません。猫は駄目です。」と何故かイヤイヤされてしまった。その時は笑いながら手紙だけを渡したが…―はて、先程から黒猫の姿が見当たらない。) | |
周防75. サチ | |
| (見覚えのあるような無いような配達人から手紙を受け取ったのは大量のチョコストックを購入したひびマ帰りの商店街にて。パキパキと板チョコを噛み砕きながら内容に目を通し、「リョーカイっつっといて」と伝言を押し付けて歩みを再開させた――その足に、もふり、ぺしり、繰り返し触れる何かに漆黒を眇めながら足元を見ればいつの間にか隣を歩いている見知った黒猫の姿。尻尾をぺしぺしするのを止めて物欲しそうにじーっと見詰めてくる猫に眉を寄せ「チョコしかねーよ。お前これ食ったら死ぬだろ。……、あー…何だっけ、亘?酒屋の。お前の事気に入ってるみてェだから行けば何かくれんじゃね?」件の店員がタイミング良く店に居るかはわからないが、丁度酒屋の前を通り掛かったので顎をしゃくる。ぶなぁ。理解したのか否か、酒屋へと歩いて行く黒猫を一瞥して結果を見届けずに男は真っ直ぐ寮を目指す――。) | |