福永くんへ285. 杠霧人 | ||
(5月にしては続く夏日、日中の外出を控えたい青年が歩くは逢魔が時。黒橙に伸びる影を踏みしめ、古びたポストへ投函した手紙一通。指先から離れた封筒がポストの底へ落ちた音が、去る春の、燃えた新月の思い出から己を現実へ呼び戻して。) あれから2ヶ月経ってるけど、福永くんは身体の調子どう? 助かった子供はもうすっかり元気みたい。 火事のこととかすっかり忘れて、図書館でぎゃーぎゃー騒いでて その辺の爺さんに叱られてんのこの前見たよ。 いやしぶといよね、ガキってさ。 図書館で。王子とツバメの物語を読み直した。 で、やっぱりさ。 オレには王子の自己犠牲精神もツバメの献身もわかんなかった。 それでもオレはあの日キミに会えてよかったよ。 それじゃ。また井戸端でね。 (腕には先日図書館で借りた本を一冊脇に抱えて、腕時計を見た。 まだ図書館は開いているはず。序に返却を済ませるが為に、再び歩を踏み出した。)
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黒野さんへ311. 宿里恭一郎 | ||
(それは、奈良時代に薬草として渡来したと伝わり、日本で観賞用として栽培されはじめたといわれている。花弁は放射状に並びギリシア語のaster《星》を語源とした とても愛らしい見た目をしている。先人たちはそれを見て様々なうたを詠み、自分も暇つぶしに読んだ書物でいくつか見たことがあった。9月9日、早朝。いまだ店内に入ったことすらない自分だが何度もその外観だけは見ている。腕に抱えていたひとつを店のポストの上へ置く。白い封筒はポストへ投函した。中には『ベランダより臨んだ新月の夜空の写真』とシンプルな便箋が一枚ずつ。) ようやく満足のいく写真が撮れました。 それから、今日の為に色々と探したり、調べたりしていたんですけど… これは、貴方らしくて…いいえ、僕達らしくてすごくいいなと思ったので 少し気恥ずかしいですが、花を贈らせてください。 是非お店に飾って、……それから僕との色んな事を思い出して。 誕生日おめでとう。黒野さん。 (彼が住まうだろう二階を見上げるは数秒だった。今日も仕事が待っている。通勤が為、再び歩き出した男の背を見送るのは、薄紫色の可憐な花弁がひとひら。はらりと始まったばかりの秋の風がどこかへ運んでいく。シオン。その花言葉は―――。)
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不動くんへ309. 亘秋久 | ||
(お肉も食べてお楽しみの金髪遊びも出来てとても充実した日から暫く。やっと使い捨てカメラのフィルムを全て使い切ったのでウキウキとしながら現像しに行った。友人の分もあるので幾つかは複数の現像を頼み、出来上がりを見てみるとなかなかよく撮れていると思う。馴染みのカメラ屋さんなので、出来上がり写真を一緒に見て金髪の男二人にえ?え?と二度見された)あははっ、これ俺とお巡りさんな。よく撮れてるでしょー。(しっかりちゃっかりとお巡りさんだけのピン写真も撮っており、金髪短髪に少々きりっとした顔立ちは、まあ端的に言ってもガラの悪いヤンキーみたいだ。この状態で制服を着てもらったらよかったと後から思ったので機会があれば第二弾も勝手に計画中である。カメラ屋さんにお礼を言って、家に帰れば早速便箋を用意してクラゲとスイカという謎の組み合わせの便箋に向かい合う。) 不動くんへ この前の写真の現像出来たから送るね。 時間が経ってから見たらやっぱり金髪の迫力凄いわ。 ヤンキー化したお巡りさんも格好良かったよ!舎弟とかいそうっつーか出来そうだったから、あのままどっか舎弟探しに行っても良かったかも。 楽しかったからまたあそぼ。 あと、お肉も食べよう。肉は正義。 亘 (にこにこと楽しそうにしながら手紙を書き終えれば封筒の中に写真を二枚。ひとりで写る金髪のお巡りさんと、金髪の男が二人一緒に写っているものだ。インスタントカメラはタイマー設定が無いので、片手でカメラを持ち腕を目一杯伸ばして感覚だけで何枚か撮り、一番綺麗に撮れていたものを選ぶ。楽しそうに目を細めて笑う己と、金髪ヤンキー化したお巡りさんはどんな表情か。二枚とも綺麗に撮れたと自負しているので、友人が気に入ってくれたなら何よりである。ポストに手紙を入れて立ち去る眼鏡の青年は上機嫌に去っていき) (片付け下手の部屋は散らかっていて、棚の上も雑多にものが置かれているがその一角。学生時代からのもの、友人と写ったもの、信長やひよこなどの動物が写ったもの、様々な写真がフォトフレームに入れられて飾られており。本日も一枚、友人と二人で写った写真が仲間入りをした)
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山田太郎様306. − | ||
(夏の雨はいつだって突然に。それまで澄んだ青空が広がっていたというに、ぽつぽつと雨雫が落ちてきたが数分後には、篠突く雨となっていた。傘など持っていなかった男は近くの軒下に避難し空を仰ぐ。曇天と晴天の入り混じる色にじきに止むことが分かれば、浅い息を吐いて荷物を持ち直すと時間潰しに店内へと入った。「おー。えらいおっきいひとがいたかと思えばお前さんじゃったかい。」しゃがれ声が親しく響く。よく墓参りに訪れる馴染みの翁だった。)こんなところで店を出してたなんてな…、(「始めたのはあいつが逝っちまってからさ。向こうには銭も何も持っていけないからのぅ。今のうちに売っちまって、儲けた金であいつに花でも供えてやろうと思ったんじゃ。」茶目っ気の声に、黒檀を和らげる。亡くなったパートナーのことも自分は知っているが故、)よく言うぜ。まだこっちに来るなって追い返されるくらい元気じゃねえかい。…しかしよく集めたモンだ。(商品は家具に特化している。ソファや机、棚に照明類、などなど。手製のものもあれば一体どこから仕入れたのか、此処ではあまり見かけない雑貨もあるようだった。ハイカラでコレクター癖のある翁。墓参りの時にも一風変わった品を自慢げに見せてくれた。「なかなかのモンじゃろう?」と得意げに話す声にああ、そうだなと空返事したのはある一点に目を奪われたからに他ならなかった。やがて思わず、ふ、と柔らかに気付けば笑っている。) (どうにも、自分には衝動買いの気があるらしい。 ラッピングされた箱を抱える頃には、もうすっかり雨はあがっていた。) (今夜も昼の通り雨が嘘のような、月の綺麗な夜。ラジオの代わりにすっかり馴染みとなった演奏を聴きながら、男はアレを受け取るだろう恋人を思う。ラッピングされた箱からお目見えするは、月のランプ。グラスファイバーなる素材に3Dプリンタで精密に月の表面を再現した間接照明。調光可能なそれは丁度掌に納まるサイズ。温白色と柔黄色の2色切り替えが可能で、灯せば地上に月が降りたつ。ポケベルでの会話を思い出していた。例えば月に行き、新月が失われ本能に支配されない日常が当たり前になったとしたら、きっと彼の話した一般論は正しい。一方で、月へ行ったとしても培ってきたものも過ごした時間も失われる訳ではない故に。良いことも悪いことも全部ひっくるめての、今。少なくとも、―――。送り主の名が記載されていない和紙のメッセージカードにはこう綴られている。) 先日の礼と詫びだ。受け取ってほしい。 (もうひとつ。思い浮かんだ言葉をラッピング箱の底へ綴ることにした。 彼が気付かぬとも構わない。何せこれは自己満足の宣言に過ぎぬから。) Nothing is going to change my love for you. (ラジカセから流れるは、Fly Me To The Moon。わたしを月へつれていって。 さて、望まれているものとは違うが、言い替えればつまりのところは同じだろう?歌詞をなぞった思考にひとり笑う。 あの小さな月が、愛しい君の夜をささやかにでも彩りますように。)
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悪戯っ子な杠くんへ297. 亘秋久 | ||
(配達のおにーさん、これお願いします。ん?ああ、ちょっと重いけど大丈夫!あと速達でね!――白の発泡スチロールの荷物を配達のお兄さんにお手紙と一緒にお願いと頼んで配達してもらった。大きさは横幅が50センチくらいのもので、降ると中で氷の様なものが擦れる音がする) 杠くんへ 大人気ない大人からの贈り物です。 これでこの前の悪戯はチャラね。 追伸 島の爺様たちは手慣れているから頼るといいよ。 亘 (発泡スチロールと同封していた手紙は夏らしいひまわりの便箋で。発泡スチロールの中にはマゴチとアユがそれぞれ数匹、氷の中に埋まっていた。海と川の両方の魚を贈り、まだちょっと生きて動いているので獲れたて新鮮だと一目瞭然だろう。生き物が苦手だと言っていた相手はどんな反応をするのか直に見れないのは残念だが。因みにどちらも料理すれば超絶美味である。)
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ポチさんへ301. 杠霧人 | ||
(ポストに投函したのは一枚のポストカード。井戸端で噂になっていたのを聞きつけ、気紛れに準備したものだった。夏を共に過ごした友人との、去年の今頃の会話を不意に思い出して。あのポラロイドカメラは、今この瞬間も彼の『好き』を切り取り続けているのだろうか。昼と夜の合間、夕暮れ時。薄桃色の雲が映える藍闇空と、凪いだ海の写真のそばには祝いのメッセージが添えられている。) 誕生日おめでとう、ポチさん。 去年のこと、ちょっと思い出して送ってみたよ。 オレの撮ったやつ、きれいだったからおすそわけ。 いつかポチさんのもみせてよ。 今年の夏もアンタが楽しくのびのびと過ごせていますように。
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ぽちくんへ299. いちじょう | ||
(其れを目にして音を聞いた際に、真っ先に思い浮かんだのが彼だった。昨年は”星空”を贈ったから、という事も十分理由には含まれているけれど、彼からは海に纏わるものを貰っているから。同じように、貰ったものを彼へと贈りたい。そうした想いに当て嵌まったのが、手に取ったひとつのオルゴールだった。外見は単なる黒地の箱。其れ程大きくなく、両手に簡単に収まってしまう程度の大きさの箱を開けば、瞳に飛び込んでくるのは深い碧。海を彷彿とさせる色合いの中、奏でられるオルゴールの音色は甘やかで、其れが彼を夢想させたものだから。白の包装紙で丁寧に包まれて、海色のリボンで飾り上げた其れ。例の如く白いグリーディングカードに添えた言葉は、一文字一文字丁寧に、想いを込めて記したものだ。) ぽちくん へ おたんじょうび おめでとう! ことしは おれからも うみを ぷれぜんと! きにいってくれると うれしいな いちじょう (「出来れば、日付が変わって直ぐ届くようにしてください」――そんなお願いをしたのは初めての事だったから、果たして如何いった結果となるかはわからないけれど。此処のところ顔を合わせる事が出来ていないからこそ、こうした日を大切にしたいと思うのは自己満足が過ぎるかも知れない。それでも、少しでも彼と共に在る事が出来ればと思う気持ちに変わりはないから、そうした想いを込めての届け物を、毎年変わらず彼へと贈って。) (――そっと記したグリーディングカードの裏、書かれている一言は走り書き。あいたい。其の思いが、少しでも彼と同じであれば良いのだけれど。)
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景虎さんに293. 山田太郎 | ||
(それを思いついたのは何時だったか。月のない夜の話をした時、去年の晩秋の頃だったように思う。教会のバックヤードにあるとある一室に、古びたグランドピアノがあった。物置として使用されている部屋だが、そこにはパイプオルガン用の楽譜や、ハンドベル、その他簡単な打楽器なども収められており、宛ら小さな音楽室とでもいった風情である。ピアノの調律は、自分が教会の鍵を預かった頃から、折を見て定期的に行っている。手袋を外し、カバーを開いて白鍵と黒鍵の前に座った。背筋を正し、椅子の高さを直して、ペダルの踏み具合、基音の高さを確かめる。楽譜立てには何もない、必要な音符は全て暗記している。カソックの袖を捲り、ボタンを外した袖口のシャツも手首の上まで折ってから、ピアノの上に置いた録音装置のスイッチを、入れた) (回り始める空のカセットテープ。独奏は思いつく限り。気づけば四半時が過ぎていた。停止のスイッチを押して立ち上がる黒衣。ピアノはまた元の通りに仕舞われて、録音されたカセットテープを手に私室へ向かう) (――馴染みの島民との別れにまつわるポケベルの遣り取りを始める前に、思い付きで郵便に託したその手紙が届くのはどの辺りになるだろうか。少し大きめの白い封筒に、プラスティックのケースに入ったカセットテープと手紙が同封されている) 貴方だけの月を捕まえてきました。 月のある夜も、月のない夜でもその傍に。 (便箋に記されたのはたった二行だけ。思いの丈は何時も以上に込めたが――伝えたい事が多すぎると、かえって言葉が思いつかなくなるらしい。それに、今回の主役は手紙ではなく、音楽だ。ピアノで奏でたのは月の名前がつく古今東西の楽曲――『Moon River』『Fly Me To The Moon』『朧月夜』エトセトラ、エトセトラ。どれもが鍵盤を撫でるような柔らかさで閉じ込められた音達だ。日頃から音楽を聴いて楽しんでいるだろう彼のお気に召しますように)
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一生へ。294. Nico | ||
(赤い色の贈り物にしようとは決めていた。だが何を贈るのかは直前まで悩みに悩んだ。正直、これほど悩んだことが近頃あったろうか。手作り、はもう贈ったし食べ物もいいがどうせなら何か残るものを――あれこれ考えた結果、行きついた先はメンズキャップ。もう持っているかもしれないとは思ったが何を欲しいかまでは聞いていないからあっても困らないものを選んだつもり。年中使えそうなコットン素材で全体は黒、ツバと天ボタンだけが赤いものだ。本来は当日に直接がセオリーだろうが何故か家を出たのは暗い夜。パーカーとジーンズ、しかも前髪で顔は分かりにくいとなれば不審者扱いされてもおかしくはないかもしれない。手紙とキャップが入ったプレゼントラッピングされた箱を郵便受けの下に置いてそこで考える。ポストには入らないよな、と。仕方なしに一度だけ呼び鈴を鳴らしておいた。ここは交番。彼はお巡り。となればもしかすると起きてくるかもしれないから。鳴らしたら交番の主が出てくるより前にさっと姿を晦ませておこう。夜闇に溶けやすい様に、服は黒色なのだ――) To.一生 8/8 HappyBirthday 産まれてきたお祝いに。 プレゼント、やる。 From.Nico
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