ポチさんへ290. 山田太郎 | ||
このところ、なにかとおちつかない おてんき ですが、ポチさんはおげんきですか? このあいだは あさごはんに おつきあいくださって、どうもありがとう。 あのあと おかぜをひいたり、ちょうしをくずしたり しませんでしたか。 つかれたとき には、あまいものが きくそうですね。 なつかしの きんたろうあめ です。 きっても きっても、おなじ かおですよ。 またどこかで おあいできたら、おはなししてください。 たのしみにしています。 (白い封筒に、選んだ便箋は以前使った鳩のものではなく、ふわふわとクラゲの描かれた淡い水色のもの) (そういえば、クラゲは海の月と書くのだった) (さしたる用事は無い、内容もごくごく他愛の無いものを選んだ。だからこそ――あの朝に少し、返し足りなかった日常を何より色濃く残して。手紙と一緒に入っていたのは、個別包装された金太郎飴。白地ににっこり笑った金太郎の顔が、何の他意もなく無邪気に描かれていた)
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キーホルダーをくださった、ニコさんに288. 不動一生 | ||
(――ことん。彼の家の郵便受けに一通の茶封筒が入れられる。厚さからして中身は手紙だけではないらしい。宛名も差出人も、それに本文の白い便箋の中にまで。どこか四角く、書き順通りにきっちり書かれた文字が綴られている) 先日はカモメのキーホルダーを有難うございました。 手作りには手作りでという助言を頂いたので、 素人の手際でお恥ずかしいが簡単な手芸をしてみました。 宜しければ暑い日にでもお使いください。 (同封されていたのは髪を結う為の黒いゴム。くるみボタンの飾りがついており、そこには刺繍でアヒルの親子が描かれている。無論、一朝一夕でそんな細工が出来る訳では無いので、既製品である。手芸屋で一頻り悩んだ後、ゴムとボタンと、それらを繋ぎ合わせる金具を買い求め、帰宅後にペンチで取り付けて作ったものである。たったそれだけの事でも中々骨の折れるもので、やれ力を入れ過ぎて金具が歪みそうだの、なんだか曲がってしまって上手くつかないだの、それは楽しい奮闘をしていた。――追伸と書かれた二枚目の便箋がある) 追伸 迷惑くらい、いつでも、いくらでもかけて頂いて構いませんので どうぞお気になさらず。 (どう書いたものか悩んだのか。二枚目の紙の端が若干だがよれていた。走り書きのようにも見える追伸は会話の中で紡がれたなら十中八九、早口になっていた類のもの。或いは、言わずに呑み込んでしまったかもしれない事。だからこそ、伝えたかった心に相違はないのだ)
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―――286. ――― | ||
(もうそろそろ梅雨がやってくる。鬱陶しくてあまり好きじゃない時期だ。本当ならもっと早くにこの用事は済ませているはずだったのに、時間が経つのは意外に早い。小さな四角いシンプルな包みを握って、わざわざ見回りの時間を狙い主のいない交番へと足を踏み入れる。シンプルな机をじっと見下ろしてその一辺を指先で撫でてから不自然な膨らみをした小さな包みを椅子が仕舞いこまれた机上にそっと置いた。それから適当に机の上にあったペンとメモ帳を勝手に拝借して一瞬悩んだ後に更々と書き綴る。) お巡りさんへ。 落とし物ではありません。 (うっかりこの包みが遺失物として扱われないように配慮だ。宛名も差出人の名前も包みには書かれていないが特に気にしない。包みの横にその紙を置けば誰かに出会すまえにそそくさと交番を後にした。――包みの中身はカモメのフェルト細工のキーホルダー。少々味わいがあるのは手作りだからだ。中には別にもう一枚紙が入っており『色々と迷惑かけたので。余ったからやる。いらないなら捨てていい。』との文字。面と向かってあの時のお礼ですなんて言える性格なら苦労しない。大人になってまでキーホルダーなんてもらって嬉しい人はそうそういないと薄々感じてはいるがこれくらいしか思い付かなかったのだ。差出人の名前もないのだからきっと文句も言えまいなんて――)
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×××279. ××× | ||
(世間は連休中ということもあり、いつも賑わいを見せている学院はがらんとしている。とは言えこんな小さな島、固く施錠がされているわけでもなく忍び込むのは容易い。なんだか違う世界に来たみたいだ、なんて思いながら職員室の扉を開ける。他の場所と同様に、そこには誰もいない。以前生徒たちに教えてもらった机はそのままだといいが…と用心しながら、水色の袋がその上に置かれる。ネイビーのリボンは若干よれていて、蝶々結びが縦になっている。リボンを解いて中を見れば、サッカーボール程の大きさのまるまる太っているイルカのぬいぐるみがひょっこりと顔を覗かせることだろう。イルカの傍には、相変わらず下手くそな文字で書かれた手紙が置いてある) いちじょう せんせいへ! おたんじょうび おめでとう ございます! まるい いるか かわいかったから あげます! かわいがって あげて ください! ぽち (真っ白い便せんに、いつもよりほんの少し丁寧に青色鉛筆で書かれた文字が躍っている) (その場から去ろうと扉まで歩いたところで、もう一度机に戻る。リボンを解き、中に入っている手紙より一回り小さなメモを取り出すと、乱暴にパーカーのポケットに突っ込んだ。そしてもう一度リボンを結び直し、思いつめたような表情を浮かべる。数十秒程そうしていたかと思えばくるりと向きを変え、出口へと足を進めた。その時気付かないうちに、ポケットに突っ込んだ筈のメモがひらひらと落ちた。よっぽど注意して見なければ気付かないだろう机の下に落ちてしまったものだから、本人すらそれを知らないまま職員室を後にする。メモに書かれた文字は酷く乱雑で、読みにくいものだろう。文章の隅には、丸く透明な染みがあった) やくそく やぶっちゃった から おれは もう いちじょうさんと いる けんりが ないかも しれないです ごめんなさい
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狐さんへ278. 月下直緒 | ||
お久しぶりです、狐さん。つきの湯の看板猫、月下直緒です。 ふざけた書き出しでごめんなさい。言い訳させてもらうと、狐の兄さんには看板猫のほうが馴染み深いかと思って……。 かなり前のことになるけど、あの時はお世話になりました。 怪我の具合はいかがですか。傷痕として残ってないか、今も心配です。 逃げるのに必死だったからかな。あの夜のことはあやふやです。 でも狐の兄さんが俺のこと、うちのことを守ろうとしてくれたのはよく覚えています。 本当にありがとうございました。 今度は餌でもなく、戦友?でもなく、普通のガキとしてお喋りできると嬉しいです。 狐さんもしばらく忙しいみたいだから、あんまりおいたしちゃだめですよ。 体に気を付けてください。 いつでも遊びに来てね。 (利口でないなりに、努めて畏まりしたためたらしい。猫の足あとが散りばめられるレターセットには往時のお礼が綴られて。手紙とともに送られるは和菓子屋の羊羹詰め合わせと、つきの湯の特別招待券三枚。招待券は月下お手製で、デフォルメされたキツネが沢山描かれている。)
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山田太郎様274. 暗夜景虎 | ||
ああ、勿論だ。今度の祭りの時はしっかり働かせてもらうとも。さすがに事務仕事は無理だが、テントの組み上げも櫓の設置も任せろ。だから当日は頼んだぞ。偶には、ごちゃごちゃした細かいこと全部を”忘れちまうくらいに”…もてなしてやってくれ。(ホワイトデー当日。男の姿は島のとある神社にあった。『交渉』を終え、気安く宮司の肩を叩く。昔の同級に気兼ねしない男の表情はどこか柔らかく、それが恋人を想う故だと相手へツッコまれれば、もうすぐ見頃を迎える梅へ話を持っていくのだけれど、虎は相変わらず話を逸らすのが相変わらず下手だね、と笑われてしまった。) (ホワイトデーもすっかり過ぎたある日、教会へ、差出人が墓守の名で、一通の封筒が届く。中には、花弁の形に切り抜かれた薄紅色の和紙が一枚。『招待状』と筆ペンで大きく綴られ、事前に事務員に確認済みの、恋人の空いた日、日中の時間、知る人ぞ知る梅の名所のひとつである神社の名、『宮司を訪ねるように』とただ一言、記してあった。その日が雨でないことを祈りつつ、迎えた当日。恋人が文面通りに所定の場所へ向かってくれるのなら、出迎えるのは和装姿の青年。「山田神父様ですよね、虎…いや、アンバーさん?でしたっけ?から聞いています。お待ちしていました。こちらに。どうぞおあがりください。」 恋人がこの状況を不思議に思い、辞退するならそれまで。宮司も無理強いはしまい。されど、促されてくれたのならば、やがて前髪に覆われた蒼黒へ映るのは社務所裏手にどっしりと生えた梅の古木のはず。雪に見間違うほどの純白さ際立つ梅は丁度見頃を迎え、強い花香を漂わせている。その近く、一等陽当たりの良い場所にあるのは、野点傘と、赤い毛氈の床几台。…彼の為だけに設置された『茶席』が其処にあった。宮司曰く、お茶と茶菓子を用意してあるとにこやかに。「本来であれば季節の菓子をお出ししたいところなんですけど、菓子も俺が選ぶときかなくて…。でもきっと気に入るはずだと押し切られました。珈琲はもちろん、やっぱりこれは茶にも合うなとかなんとか嬉しそうに話していましたよ、…まあその辺の話はともかく。お茶席のルールなどに囚われず、どうぞごゆるりとお過ごしください。僕はお茶を点てたら奥に引っ込んでますが、おかわりも遠慮なくお伝えくださいな。むしろ遠慮されると僕が虎に殺されます。」 戯れにそう伝えて、実にフランクな茶会の準備を始めた。恋人が声をかけぬ限り、穏やかな時間の邪魔をすることはあるまい。男の友人は空気のように存在感を薄めるのが得意な、そういう鬼だった。) (はらりと、花弁がなんとなしに庭へ落ちる。愛しい人のためだけの、小さな小さな茶会。良質の泡立つ抹茶が運ばれるその前に出されたのは、いつかの豆大福。 ――どうか穏やかな良き春の一日を。)
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ライくんへ276. 花野紅より | ||
(窓の外、空からふわふわ落ちてくるたくさんの角砂糖に2年前を思い出して睫毛をはばたかせた探偵は、3回目のはぴはぴを今日にしようと決め張り切って準備を始めたけれど――いざお友達のお家へ出発しようとしたところで黒電話がりんりん鳴った。とても困っている依頼者さんに今日はお休みするなんて言えず、はぴはぴはどうするか少し悩んで、元同僚に連絡をすることに。――ふわふわのスポンジに真っ白いクリーム、いちごをたっぷり使ったバースデーケーキが入った白い箱は郵便屋さんに託され、お友達が親しくしている近所のおじいさんの手に渡ることとなる。おじいさん宛の手紙には、今日はライくんのお誕生日なので一緒にお祝いをしてほしい旨が書かれている筈だ。そして雪の日に生まれた彼には可愛らしい犬のバースデーカードが渡されるだろう) ライくん、お誕生日とってもおめでとう…! 今年は3本のろうそくでお祝いだよ。 ぼくも一緒にお祝いしたいけれど遅くなっちゃいそうだから、先におじいさんとはぴはぴを始めてておくれ。 きみの毎日がいっぱいやさしくありますように。だいすきだ! (ケーキの上には勿論、ハッピーバースデーライくんと書かれたチョコレートのプレートがちょこんと乗っている。カードに添えられたカラフルなロウソクは今年はどこに飾られるだろう。依頼が無事に解決したのなら、お日様色をふわふわ揺らした探偵がかけてきて、大好きなお友達にぎゅっと抱きつき、ふにゃりと笑っておめでとうを伝えるのだ――)
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宿里さんへ270. 黒野 | ||
(配達員に封筒を手渡して、踵を返す。どうにもむず痒い気恥ずかしさがこみ上げて来て、自宅の玄関に入るなりしゃがみ込んだ。気障っぽい言葉かも知れない、だけど確かに本心だ、しかし深夜に綴った手紙でもあるまいし……次々に浮かび上がる思考に大きく息を吐く。祝う気持ちは真実だから、よりスマートにとか本当に言いたい言葉は他にもあるとか、そんなものはどうでも良い。だって誕生日なのだ、その日を祝うことの他に何を優先すると言うのか。ようやく落ち着いた時計屋は、どうか良い1日になりますようにと願いながら紅茶を淹れる) (届けられた封筒の中身は箱とカード。濃紺に細かく金の粒が散った、紙製のシンプルな作りの箱には濃緑に紅が散る鉱物原石とラベル──標本として見るならそういったデータが必要だろうと素人なりに考えて、鉱物名と英名、組成式、産地などを書き込んだものだ──が柔らかな布に包まれて収まっている。二つ折りの無地のカードにはこう綴られている) 宿里さん、誕生日おめでとうございます。 ぼくの誕生日に綺麗な石をいただいたので、そのお礼も込めてささやかですがプレゼントを贈ります。 井戸端で鉱物標本の話をしていたのを思い出して、石には石をと思ったんですが…… 鉱物と言ってもいろいろな楽しみ方があるのでお気に召すかどうか。 誕生石やお守りとして鉱物を見る主義でなかったらすみませんが、 ブラッドストーンという名前、赤い模様が良いと思ったのでこれにしました。 3月の誕生石でもあるそうですね。 太陽を冠した別名があるとのことですが、ぼくには新月の空の縮図に見えました。 宿里さんが探求する物も道程も、決して安全ではないのでしょう。 だけどお帰りなさいと言えるよう、知識が至高の実を結ぶよう、ぼくは祈っています。
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前略、暗夜景虎様266. 山田太郎 | ||
(去年はトリュフチョコレート、それと編みすぎてしまった長い長いマフラー。その贈り物を脳内で思い出しつつ、神父はぼんやりと今年用意したその品物を眺めていた。――意表を突こうと思った。思えばホワイトデーのお返しといい、クリスマスの予期せぬ贈り物といい、彼には予想外の素晴らしい品物を貰いっぱなしの身である。ゆえに。今年は自分も気合を入れてお約束からはみ出してやろうと意気込んだ。『重さにして10キロは数える』それをテーブルに置いて、ふむ。思考、黙考、そしてよしと気合を入れた。両手で『それ』を抱え上げると集荷をお願いしていた郵便局の青年が戸を叩いた。よいしょ。携えた品を丁寧に持ち直すと、勝手口へと向かい――配達人を出迎えると、うわあという声。神父さん、これを本気で届けるんですかと問われれば、本気ですと必要な伝票類にサインを走らせてから、更にもうひとつ。小さな紙袋まで添えて。――恐れ入りますが、これでどうかお願いします。言うまでもなくあちらも仕事。いやあ、これ、マジですか、マジかよ、リア充の聖職者超こわい。そんな呟きが聞こえた気もしたが、ぱたりと扉を閉めて足取り軽く仕事へと戻る。やったぞ、やってやったぞ。彼は驚いてくれるだろうか) (――それから間もなく。彼の在宅を確かめた上で郵便の配達人が墓地の管理小屋へと訪ねにやってきた) (手には冗談のような、約100本の真っ赤な薔薇の花束。――失礼。正確には101本である) (本当は999本を目論んでいたのだが、そんな数は当日までにとても用意できないと花屋さんに蒼褪められ、そんな数はとてもじゃないが運べないと郵便屋さんを戦慄させてしまったので、今年はとりあえず諦めたのだった。添えた紙袋が随分と小さく見えるその中には小さな箱、去年も贈ったトリュフチョコレートを詰めてある。味はクラッシュナッツ、洋酒のものに絞ってそれぞれ3つずつの計6個。本邦のバレンタインと言えばチョコレートがなければ始まらないというお約束、それと去年聞かせて貰った感想を参考にした結果であった。花束にたった一枚添えた真っ白な名刺大のカードは銀の箔で縁どられたもの。この花の数で伝えたい事は語れようと思えば冗長さを省き、期待を隠し切れない文言が一言だけ躍っている) 『 驚きましたか? 』 (――えーっと…受け取りにサイン、貰ってもいいですかね…?) (半ば花に埋もれるようにして配達員の声が問う。そろそろ手が痺れてきたらしい)
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