星野明夜211. --- | ||
(―或る春の日。役場付近の森に建つ一軒家の戸に、白い紙袋が引っ掛けられる。中には同じく白い小箱。それ以外はメモ書き一つ見当たらない。) (箱の中には虹色の桜の花弁がふわりと詰まっている。加工の一つも施されていない花弁は何れ色褪せるだろうが、今はまだ鮮やかに箱の中に収まっていた。)
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京さんへ207. 新春近 | ||
京の真ん中に鴨がいる 様 へ 拝啓 春の日差しも心地よい季節となりました。いかがお過ごしですか? とても綺麗な桜が咲いているよ。もう見た? 最近、あんまり見かけないけど体には気を付けて。 神社にこのようなものが売っていたので贈ります。 京さんの健やかな日々を願って。 新しい春が近いよ より。 (桜の切手を貼りつけた、ひよこ柄の便せん。真っ赤なポストに投函しながら住所不定のあの人へと手紙を届けることになる郵便配達員は苦労するかななんて考える。封筒は手紙だけにしては不自然に膨らみがあり、中には桜の花弁が入っているという健康長寿のお守りが入れられている。これが出来るだけ早く届きますようにと願った。本当は運び屋らしく自分で届けてもいいのだが…たまには贈り物も悪くないかななんて思いながら)
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大泥棒さんへ213. 探偵より | ||
(文机の上には真っ新な便箋。その横にちょこんと並ぶのは、虹色の桜をあしらった手作りのテレイドスコープ。畳の上には綺麗に畳んだロングコートが置いてあり、ペンを持ってから一体どれ程の時間が経ったか、探偵の目は便箋とロングコートを行ったり来たり。大事な物だから早く返さねばと思っていたのに、気が付けば一月経ち、桜も散って、ビー玉が嵌め込まれた万華鏡だって完成してからもう一月程。ついと視線を流せば、窓辺に置いたガラスボールの中で白いアネモネがたぷたぷと水に浮いている。引き出しから封筒を二つ取り出し、更に封筒の中からジグソーパズルの小片を丁寧に取り出して机に置いて、その横に黒い封筒を並べると暫しじぃっと眺め――真っ新な便箋に言葉を綴るのは止めた。ペンを置くと用意していた紙袋にコートとテレイドスコープをそうっと入れて、とててっと急ぎ足で家を出る。) (――向かった先、寮の一室をノックするも応答はない。彼の大事な物をこんなにも長く借りてしまったのだから、きちんと自分の手で直接彼に返したい。もしかしたら彼はあの夜のことをはっきりとは覚えていないかもしれないから、どこかで失くしたと思っている可能性だってゼロではない。探しに行くかと少し悩んで、でも、今日は止めておくことにした。ポケットから取り出した探偵手帳にさらさらとペンを滑らせ、紙袋からコートだけを抜き取ると、中に残るのはテレイドスコープだけだ。隙間を持て余すように紙袋の中でころころ揺れるこの筒で太陽などの強い光を見てはいけないことを大泥棒さんは知っているだろうか。破り取った手帳には「大泥棒さんの宝物はぼくが大事に預かってるよ」としか書かれていない。メモ書きを紙袋に入れてドアノブに引っ掛けると、探偵はコートを両手で大事に大事に抱えながらぽてぽてとその場を後にした。)
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侑人!208. ハル先輩 | ||
誕生日おめでとう!! 遅くなったけどプレゼント!何か侑人に似てるなと思って。可愛くね?(笑) 最近学校どう?楽しい??侑人今何年だっけ…? また飯でも行こうぜ!ゲームもしよー。 それじゃ! ハル (ポップなイラストのプリントされた賑やかなカードに丸っこい文字が並ぶ。そのカードと共にお菓子の詰め合わせと、少し目つきが悪いけれど可愛らしい黒猫のマスコットキーホルダーが届くはず。パタパタとうるさい足音みたいに忙しないメッセージカードになってしまうのはご愛嬌。可愛い後輩が今年も元気に学校生活を送れますように。)
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サチさん221. 不動一生 | ||
修理依頼 サチ殿 貴方の忠告を先に聞いておくべきでした。 夏を待たずに、冷房はうんともすんとも言わなくなってしまいました。 実家のテレビはよく祖父の一喝と一発で直っていたのですが。 つきましては正式に修理を依頼させて頂きたい。 ご都合宜しい時で結構ですので、交番へ寄って貰えないでしょうか。 こちらはいつでも構いません。 宜しくお願い申し上げます。 不動一生 (飾り気のない一筆箋に少し強めの筆圧で書かれたメッセージを、これまた飾り気のない茶封筒へ入れて自転車の籠へ。パトロールのついでに郵便ポストへことりと投函する。初夏の日差しは真夏に比べればまだ優しいものの、これからは暑くなる一方だろう。ふう、と小さく息を吐いてペダルを漕いだ。――罪なき旧式冷房の息の根を止めた拳をぞんざいに擦りながら)
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鷲宮さんへ216. 亘秋久 | ||
鷲宮さんへ 優しい人があらわれますようにってことで。 とりあえず四十歳になるまでは持ってたらいいんじゃね? (春めいた便箋と共に入っていたのは巷で噂の桜を加工した小物。朱色と桃色が交互に色づく桜の花のキーホルダーは恋愛成就の意味である。それを彼が知っているか知らぬか気にせず、ポケベルでの会話を思い出して思い立ったものだ。以前訪れたアパートのポストに入れて、上機嫌に鼻歌交じりで男は去っていくのだろう。)
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ぽちくんへ215. わたりあきひさ | ||
(虹色の桜を探して加工を施してもらった。神主さんの祈祷もばっちり。四葉のクローバーのように、幸せの青い鳥のように、幸せになれるようにと願いをたっぷりと込めた。組紐付きの薄青いお守りは、中に虹色の桜の花弁が入っている。小さな紙袋に便箋を添えて配達人さんに彼を見掛けたら渡してくれと託そう) ぽちくん おまもり、もっていてくれたらうれしい わたり (友への一文。優しい彼の幸せを願って)
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宿里恭一郎様212. 黒野 | ||
遅くなりましたが、約束していた品を送ります。 目的から鑑みて医療用メスを参考にしようと考え、素材はステンレス鋼を使っています。 きちんとした滅菌をするべきでしょうが、オートクレーブを購入して管理するコストの都合で保留中です。 滅菌したとしてもきっと雑菌を防ぐ包装が欲しくなりますし、中途半端に感染症のリスクを心配するくらいなら、最初から使い捨ての医療用メスを買った方が良いのかもしれませんね。 結局、気にしている現実性と振り切れたい空想の間でこの形にぶら下がっています。 返却はいつでも構いませんので、存分に調べてください。 ぼくは代替品を使いますのでご心配なく。 (上辺に半円形の星空が印刷された便箋に綴られているのは、ペン習字の手本にそっくりの楷書体。角型封筒のごろりとした膨らみの正体は立方体のウレタンフォームで、テープを剥がせば中心からふたつに分離できるようになっている。内部に刳り貫かれた空間には、刃のついた指輪がぴったり収まっていた)
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野風様214. ××× | ||
(虹色の桜など信じてなんかいない。この島では誰かが見間違ったりしたことがあっという間に広がるのだ。ただ、リクエスト承りますという小物には興味があった。)おい、ピアス…出来んのか?(仏頂面はいつもと同じ。これが小物の部類に当たるかどうかは分からないけれど特に制約は書かれていなかったしあーだこーだ言って造り上げてもらった。出来上がったのは本物の桜の花びらを固めたピアスでなかなか悪くない。サービスで祈願もしときました!とかにやにや笑顔で言うもんだからお代を払えばさっさと立ち去った。それを適当に買った真っ白な封筒の中に入れて、これまた真っ白な便箋にボールペンを持って向かった。少し書いては丸めてごみ箱、書いてはゴミ箱を繰り返して結局書いたのは一行だけだった) これは無くすなよ。 (始めは悪かったとか気に入るか分からないけどとかごちゃごちゃ書き連ねていたがそんなのはらしくない。それを綺麗に折って封筒へ入れれば糊付けをして封をした。詳しい住所も知らないから表に野風様へとだけ記して外へと出れば配達途中の郵便局員を引っ付かんで、住所知らねえけどちゃんと届けろよ、分かったな?絶対だぞ、なんて何度も念を押した。分かりましたと去っていく背中を見送ってからぶらぶら家へ帰ろう。差出人の名前を書き忘れたがまあいい。無くしたピアスの代わりにとは言わないが男なりのお詫びのつもりだ。)
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