真幸さんへ204. 鷲宮八慧 | ||
(先々月末の非礼を詫びるつもりか、彼のもとに届くのは大振りの段ボール箱。封をするガムテープを剥がせば、虹色に染まる春の世界がわっと広がるだろう。手当たり次第に詫びの品物を詰め込んだらしく、段ボールの中は非常に雑然としている。加工された桜の花弁が綺麗な栞やキーホルダーから始まり、様々な祈りが込められたお守りは十数種類。他には春香る石鹸、紫色に仄か輝く桜のイヤリング、溶けると虹色の花弁が漂うバスボム、カクテル作りに最適な桜リキュール、箸置きや小皿、しまいには虹の桜を用いた菓子類まで。底に敷かれる便箋には「有り難う」、「あの夜はごめんなさい」の二言のみ。あの夜に交わした約束について言葉を綴るのはおこがましい気がして、到頭書くことは出来なかった。──贈り物の量然り、メッセージ然り。あまりの自分勝手な行動に、ますます嫌われてしまいそうだ。そう気付いたのは配達員にこれを託し、ほっと一安心した後のことである。)
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山田神父さんへ201. 亘秋久 | ||
神父さんへ 誕生日に神父さんから貰った鏡付きの止まり木、うちのこすごく活用してる。 可愛い写真が撮れたからお礼も兼ねて送ります。癒しのおすそわけ。 (桜の切手が貼ってある封筒は真っ白なシンプルなもので、メッセージカードには文章と共に手書きのなんともいえない小鳥の絵が空いたスペースに描かれている。同封してある写真は鳥籠に入った薄灰色と緑色の小鳥が止まり木に乗り器用に鏡に体を凭れて寝ているもの。二羽の小鳥が寄り添って寝ているように見える微笑ましいものを激写したのである。いつもの配達のお兄さんにお願いをする際に別の小鳥の写真も自慢することだろう。飼い主馬鹿を炸裂して惚気まくったので手紙を届ける時は聊かげっそりとしているかもしれない。)
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ポチくんに200. 山田太郎 | ||
このあいだは クラゲのボールペンを どうもありがとうございました。 さっそく そのペンをつかって かいています。 もじを かくと クラゲもゆらゆら ずっとなにか かいていたくなります。 (白い便箋に白い封筒。四葉を銜えた白い鳩が描かれたごくごくシンプルな手紙に記されたのは、まるで遠足の前日を控えた子供の高揚。マスコットのついたペンを使うなんて酷く久しぶりで、呼び起された童心がくすぐったい。微笑むような文字の運びは、数行の間隔を置いて、はてと首を傾げながらこんな事を問いかけた) ――ときに ポチくんから みると わたしは クラゲに にていたのでしょうか?
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福永正愛センパイへ193. 向坂侑人 | ||
(どこで貰って来たのか頭や肩に桃の花びらをくっつけた配達人が届ける荷物は、少しばかり嵩張る包み。未晒クラフト紙に英字新聞風の模様をダークブラウンで印刷した、大きなマチ付き紙袋。中身は折り畳み式の布製収納ボックスが3つ。色はアイボリー、ブラウン、オリーブの、布ながら丈夫で好きなものを仕舞える働き者だ。葉書ほどのサイズのカードが同封されている) 卒業おめでとうございます 福永センパイは優しいから周りをつい気にかけちゃいますけど たまには周りのことは置いといて、思いっきり遊んだりしてください てなわけで周りのことを一旦置いとく用の収納、使ってください オレが20歳になったら一緒に飲みましょーね (かく言う自分も、つい優しく真面目な先輩にぶら下がりがちな後輩だった。物質面でも精神面でも「それは置いといて」とできるようになったら、先輩はもっといろんなことを思うままにできるのに、と思うのはお節介。お節介はつまり、まだ甘えている証左かも知れない)
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神父殿に188. アンバー | ||
(井戸端へ昨晩仕込んだ煎餅を置き、墓地への帰り道。男は遠回りをし、商店街を歩いていた。その視線は軒を連ねる店を思案顔で見つめる。今日はホワイトデー。先月2月14日、バレンタインに愛しい恋人様より頂戴したチョコレートへの礼を探しにきたのである。己もあの時、チョコレートを贈ったが、要は気持ちの問題だ。贈り物はいつ貰っても嬉しいものだし、贈る自分も彼が喜ぶのであればそれが何より。だからこの日も、また何かをプレゼントしようと考えての寄り道だった。花屋。いいや花はこの前贈った。行きつけの喫茶店。珈琲も贈った。なれば和菓子屋。ああ、これはこの前彼が買ってきてくれた豆大福の店じゃないか。あれは非常に美味かった、もう一度食べたいと思っていたとこで……―――脱線する思考に緩く首を振り、店を通り過ぎる。そしてふと、目に止まった一軒。馴染みの、3日に一度は顔を出す店だ。威勢の良い声がかけられる。―――墓守さん、いらっしゃい!今日も良いのが入ってるよ。男の足は自然止まり熟考……するまでもなく、いやいや、と思い直す。流石にこれは、ない。)悪いが、先を急いでんだ。また今度寄らせてもらうぜ。そん時は値引いてくれよ(気安く声をかけ、右手をあげつつその場を通り過ぎようとする男に、店主は残念そうな声をあげた。―――そうかい残念だねえ、今日のは私が胸を張っておすすめできるってのに。そんな言葉を聞いてしまえば、ちょっと気になってしまうではないか。男の足は再び店前にて止まった。そう、この店は品の良さもさることながら、店主の営業スキルがかなり高いのだ。心を読まれているかのように、己が求める品が、ポンと出されることも多々ある。それが日頃この店に通ってしまう理由のひとつでもあるのだが。さて、そんな店主は、男の足が止まるのを見て、商売魂に火がついたようだった。――――いやあ、これはあまりに良い品でねえ。店頭に出さずにどこかの店にでも持っていこうと思ってたんだ。だが他でもない墓守さんだし、そうだな今なら特別価格で売ってやってもいいよ。いっとくがこれは美味いぞ、相当。店主の引っ張り出してきた箱の中身を見た途端、男の唇は開いた。)よし買った。 (3月14日、ホワイトデー。教会にひとつの宅配が届くだろう。 冷凍タイプの白い発泡スチロールにぎっしりと詰められた、紅いルビーを連想させる…) 相当美味いらしい。お前の舌を唸らせることが出来ればいいが。 (―――長さ20センチほどの尾頭付き赤海老が、連なるように十数匹。)
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小沢深紅さんへ194. 星野明夜 | ||
(濃い藍色の封筒には星がちりばめられていて。便箋もセットなのか、いろいろな色の星が上下左右に並べられている。そんな自分の名前を表したかのような自己主張の激しい手紙の中には文字と以前に井戸端で提案したシュシュのデザインが書かれていて。) まずは卒業おめでとーございます! 卒業して忙しい時期にシュシュってなると大変なのかな〜なんて思ったりもするけど、 無理だけはしないでください。 井戸端でちょっとお話ししてた俺が考えたデザイン案です。 他にも会ったらいろんな種類のシュシュ作りたいなあ。 (シュシュのデザインのベースは黒。社会に出ても華美なものと言われないように。そして深夜の色でもある。模様は紅の星。深紅と星野の名前を掛け合わせたものだ。そんなシンプルなデザインが2枚目に丁寧に書き込まれているのだろう。)
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小沢深夜センパイへ192. 向坂侑人 | ||
(学生寮はいつもと違う、何かが始まるような浮ついた空気と何かを惜しむ甘酸っぱい気配がある。部屋の主が戻ってくるまでの間に直接届けられた小包は、深いブルーの包装紙にシャンパンゴールドのリボンが掛けられている。中には、両手の掌を並べた上に乗るくらいのサイズの白い器。陶製のそれは円筒形で、中心から放射状の仕切りが三方向に。角の丸いフォルムの縁に白い小鳥が乗っている。絵具を使う際の水入れ、あるいはペン立てになるだろうか。そして、添えられたメッセージカードはシンプルなアイボリーホワイトにワイン色のインク) 卒業おめでとうございます 「自分の唯一」が見つかるようにオレもがんばります 深夜センパイが自由にめいっぱい絵を描けるよう応援してます 卒業しても遊びましょーね (本当は気の利いた言葉やお祝いの気持ちをしたためたかったのだが、どうにも手紙に書くとなるとうまくできずに。結局シンプルな定型句に簡単な言葉を添えて、なるべく丁寧に書いた。ぎこちない文章は不慣れゆえ、ご愛敬──)
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小沢深紅センパイへ191. 向坂侑人 | ||
(森を通る風も柔らかくなってきた3月、卒業シーズンの空気は暖かく少し寂しい匂いがする。ポストに届けられたのは、鮮やかな紅の紙袋に萌黄色の紐が3本使いで掛けられた小包。包装を解くと、個包装された贈り物が2つ。ひとつは木のボディのヘアブラシ。ひとつは折り畳み式エチケットブラシ) 卒業おめでとうございます いつも明るくって楽しい深紅センパイに、オレ基準でイケメンセットを選びました 明るくいるのってパワー使いますけど、エネルギー欲しくなったら後輩をパシってください アホなことして遊びましょー (メッセージカードに言葉を書く手は、つい余計なことを連ねそうになっては止まった。新月の夜1人で耐える姿を思い起こすと、何かできることはないかと考えるけれど。あくまで先輩と後輩、「しんどい思いをしたら一緒にパーッと発散しましょ」と誘うにとどめるのは自分も成長した証拠だろうか)
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白菜神父187. サチ | ||
(修理の対価として野菜や果物をこれでもかと詰め込んだダンボールを得た男は、全て持ち帰ったところで腐らせるとわかっているのでそのまま通い慣れた某所へ足を運ぶ――途中、今日も元気なクソガキ共に絡まれ腰や足にしがみ付かれれば両手が塞がっている故に剥がす事が出来ず、仕方なく言葉を交わす内に本日がただの平日でない事を告げられ男もそのイベントの存在を思い出したらしい。「ちょっと離れろ、…バカ逃げねェから」と、一度ダンボールを下ろしてしゃがみ込みがさごそ。その際果物を幾つかチビ共にぽいぽい投げるのも忘れない。やがて新聞紙に包まれていた小振りの白菜を見つけると「これ教会に持ってっといて」と押し付ければダンボールを抱え立ち上がる。突然任務を与えられた良い子なクソガキ共は、ただの果物だが先月のお返しを貰えて一応満足したのだろう。しょーがねーなー!なんて言いながらも楽しそうに笑って駆けて行ったので、男もまた目的地へと足を向けた。)
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