花野探偵181. A | ||
(日付が変わる瞬間に、コトリ、と玄関の前で小さな音を立てる。玄関の前、開いた扉に当たらない際どい位置に小さな小箱を置いて準備は終わる。足音は立てずに花野邸の敷地から出ていくが、足音が無い変わりに陽気な口笛は鳴らしていた。落ち度とすら気づいていない。甘い香りのする風がコートのフードを脱がせば、赤い前髪がさらさら踊る。) (本人曰く、それは"チケット"である。玄関の前に置いた白い小箱には赤いリボンが巻いてある。リボンを解き箱の蓋を持ち上げると、中から顔をひょっこり顔を出すのは金魚鉢ほどの大きさの丸い透明のガラスボールだった。薄いガラスボールには開閉できる場所はない。どんなにくるくる回しても、表面に触れても凹凸はなく、針の穴ほどの隙間もない。ガラスボールの表面には柄物の風鈴のように裏側から「HAPPY BIRTHDAY!」「Can you open the fantasy?」の大きくてカラフルな文字が飛び跳ねるように並んでいる。透明のガラスボールの中には、赤、桃、黄、白、青――色とりどりの薔薇の花弁がふわふわのまま詰まっていた。腐敗防止の為の加工は処理済みだから、すぐには中の花弁は色褪せないだろう。ガラスボールをくるくる回せば、中の花弁もくるくるシャッフルされていくのだが、さて探偵は気づいてくれるだろうか。敷き詰められた花弁の奥、ガラスボールの中央に黒い封筒が一枚入っている。封筒の宛名欄には大きく「Ticket」と書かれ、すぐ下には「名探偵へ」の文字が並んでいる。)
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花野へ180. 鷲宮八慧 | ||
(本日の主役である名探偵のもとに届くのは、その瞳によく似たエメラルドグリーンの包装紙が爽やかな折り箱。掛けられた白色のリボンを解くと、彼の目の前に十数個のマカロンが姿を現す筈だ。貝殻の形をした菓子の風味はミント、フランボワーズの二種類で、軽やかな生地に挟まるクリームの口溶けもなめらか。味だけでなく見目も優れる菓子に比べ、添えられたバースデーカードの内容はひどく簡潔に。) 誕生日おめでとう。 あの時は有り難う。色々と。 (自宅まで手を引いてくれた事か、将又その後も傍に居てくれた事か。何に対する有り難うかも告げないで、差出人の男はえらく満足気だった。おめでとうと有り難うさえ揃っていれば、あの優秀な探偵は隠された気持ちも見つけ出してくれそうな気がしたから。)
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サチさんに178. 山田太郎 | ||
(あれこれ悩んでから、やはりここはガナッシュにしようと思い至る。ただ固めただけのチョコレートより、口溶けもまろやかで美味しいそれを箱に沢山詰めた。生チョコが美味しいというのは完全に己の主観に依ったものであるが――人は贈り物をする時、相手の好きなものを探すが、最終的に細かな選別をする際には自分の好みを忍ばせるものであるとは師の談。未だ本土にいるだろうあの破戒的な司祭の耳に、不肖の弟子がバレンタインにチョコレートを作ったなどと届いたらどんな顔をするだろうか。メッセージカードとを添えた箱に、きゅ、と桜色のリボンを結ぶと小さく笑った。否、きっとあの男はそんな事では驚くまい。袋にはチョコの入ったそれと、上にはちょこんと――先日話していた道明寺を。少し気が早いかとは思ったが、偶然にもこの時季に桜の葉の塩漬けが手に入ったものだから、一緒に作って添えよという神の思し召しと受け取ったのだった。教会を出てすぐ、顔なじみの子供から『いつもチョコを食べている、おおむね不機嫌そうだけど僕達に構ってくれる大好きなサチ』の家を尋ねて道を辿った。見えてきた寮、目的の場所の前で立ち止まり。さて、この大きさならばポストに入るだろうと――ことん) お約束の品物を、日頃の感謝と共にお届けに参りました。 どうぞお納めください。 (メッセージカードにはそんな一言が。今日は暖かいから、なんだか春が来たものと錯覚してしまう。踵を返せば黒衣は去っていった。約束を果たせた、清しい気分と共に)
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アンバーさんへ177. 山田太郎 | ||
(思い出したように差す晴れ間は、寒さの底と言われる如月に束の間の暖かさを齎していた。コートの裏地を外しても外を歩くのに支障がないのは喜ばしい。いよいよ三月になったら、このフロックコートもクリーニングに出してまた仕舞わなくては。今年はこれを着ている間、実に色々な事があったものだ。そんな事を思い返している内に墓地に辿り着き、更にその奥。佇む管理小屋へ。やがて見えてくる山小屋のような趣ある外観を、かつて訪れたあの日のように見上げて――小さく、笑みが零れた。本当に自分ときたら進歩がない。けれどそれでも良かった。何度でも、込み上げる温かな感情が褪せないのは良い事である。チョコレート色の紙袋に白いリボンを結んだそれは、チョコレートを入れるには些か大きい。かさりとも、ふわりとも、なんとも空気を含んだ音を立てるそれを片手に扉へ視線を落とす。ノックをしかけたところで屋内に人の気配がないのに気づき、少し迷ってから、思い直してドアの所にそれをかけた。ポケットからメッセージカードを取り出し、一度額にこつんとそれを当ててから、紙袋へと滑り込ませた) トリュフチョコレートがお嫌いでないといいのですが。 何味が好まれるかわからなかったので、色々と入れてみました。 マフラーの長さについてはお許しください。 本当は二人分、別々に編むつもりだったのですが、 どうやらよほどの仲良しのようで。 気づいたら繋がっていたのです。不思議です。 何はさて置き。いつも有難うございます。 これからも、どうぞ宜しくお願いしますね。 ええ、色々と。 (紙袋には丁寧に畳まれたベージュのマフラー。手芸店で材料を買い求め、本と睨めっこしながら編み上げたものだが――うっかり自分の分の毛糸の玉まで継いで作ってしまった。およそ毛糸を20玉ほど使い切って我に返った、それを処分して作り直そうか散々迷ったものの、ある事を思いついたため、そのまま一緒に入れておいた。その上には六つのトリュフチョコレートが整然と並べられた小箱がひとつ。定番のミルクチョコレートに始まり、抹茶、クランベリー、クラッシュナッツ、ミント、最後は洋酒の入ったものまで。一つでも気に入る味があったら、来年はそれ一択にしようと目論んでいるのは神父のみぞ知るところ。後ろに手を組んでくるりと踵を返せば、鼻歌混じりに教会へ引き返そう。今日も、いい一日になりそうだ)
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A176. ×× | ||
(バレンタイン当日、郵便配達員の青年は朝からとある人物を探していた。朝一で向かった寮にその人物、或いは彼の同居人が在宅していたならその日の仕事はスムーズに終わるだろう。どちらも不在であれば、担当の荷物を配達しながらその人物を探すこととなる――日が暮れるまでは。今朝預かったばかりのこの届け物、どうやら時間が経つと中身がダメになる可能性があるらしい。タイムリミットまでに無事に配達できるか、青年の腕の見せ所だ。)よし、必ず時間までにリーダーさんを見つけるぞ…! (シンプルな黒い保冷バッグの中には、やっぱりシンプルな白い箱。紅い花のシールを外して箱を開けると、透明フィルムに包まれたワッフルが二つ、黄色いペーパークッションの上にちょこんと並んでいるだろう。ピンクのリボンが掛けられた方は、とびきり甘いカスタードクリームとイチゴを挟んだイチゴカスタード。茶色いリボンの方は、大人の香りがするコーヒーワッフル。勿論甘さと苦さは8:2。カスタードが傷まないように、箱の隅にはペンギンが描かれた保冷剤がぺたりと固定されている。――箱にもバッグの中にもカードの類は見当たらず、急ぎ足の青年は聞かれない限り差出人の名も告げずに次なる配達先へと向かって行くだろう。)
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山桜桃175. 赤羽湊斗 | ||
(此処で会ったが運の尽き――仕事の詰まっている配達員に待ったをかけ、引っ掴んだばかりに少しよれた真っ白な薬袋にペンを走らせた。) ゆすらそば 至急連絡セヨ あかばねそば (殴り書きの言葉の後ろ、続く羅列はポケベルのアドレス。なんだか今とっても鴨南蛮が食べたいような、でも山菜増し増し蕎麦も捨てがたい、あっちにこっちをトッピング、こっちにあっちをトッピング。眉間に皺を寄せて考えている間にも「ちょっと赤羽さん早く」なんて配達員から急かされて。本当に短く用件だけを書いたそれを手渡しながら「ちょっと大至急頼むわ」「寒空の下でひっ捕まえといて無茶言いますね」なんてやり取りを少し。今まさに蕎麦の気分、改め彼と、蕎麦を食べたい気分だ。配達員の仕事っぷりに期待しながらさて自分は本来の仕事に戻ろうかと歩き出して。)
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亘さんへ171. 鷲宮八慧 | ||
(あれこれと御託を並べるのは苦手だ。美しい椿が描かれた葉書の余白、やや小さめのスペースにお礼の言葉を無理やり詰め込もう。──御託を並べるのは苦手だった筈だけれど、感謝の気持ちを託すにはこれ位じゃ足りない。いずれ全てを伝えられる日を夢見て、ポストへ投函──。) この間は有り難うございました。美味かったです。 胃袋をつかまれるのも吝かじゃないんですが、いよいよひびマ飯に戻れなくなりそうで怖いです。 ちなみに好物は…………すぐには思い浮かばないんですけど、わりと何でも食います。好き嫌いは特にありません。 で、本題。作ってもらうばかりでお礼が出来ていないな、と。 珍しい?お菓子なら用意したんで、良ければ貰ってください。 お忙しいようなら郵送しますけど、理想としては会って渡したいかな。 俺が届けに行く形でも、亘さんに来て頂く形でも。いつでも構わないんで。 まあそういう感じなんで、ご検討のほどよろしくお願いします。 じゃあまた。 鷲宮
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湊斗さんへ170. 花野紅 | ||
(――1月31日。薬剤師さんのお家にはお客さんが多いらしい。お届け物ですと家主を呼んだ配達員さんもその一人で、「お誕生日おめでとうございます」なんて声とともにメッセージカードと大きなキャンディを差し出すだろう。) 湊斗さん、お誕生日とってもおめでとう…! (プレゼントボックスが飛び出してくるポップアップカードには、シンプルだが丁寧な文字が綴られている。大きなキャンディは両端のリボンを解くとふわふわとした肌触りの藍色のマフラーが顔を出す。ほんのり香るバニラの甘さはやがて消えてしまうけれど、彼と彼の大切な人たちの幸せは、ずっとずーっと続きますように。)
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ミナト169. ライアー | ||
(こっそりこっそり、今日は夜更かしのライアーは胸に一通お手紙抱えて。こっそりこっそり、自分の足でお手紙を届けに行った。真っ暗は怖くない、今日はお月さまも見えている。何度か道に迷ったり、違うものに気をとられたり、同じところをぐるぐる回ったりもしたけれど。そうっとそうっと、そのお家にたどり着いたならポストにことん、だ。) ミナト おたんじょうびおめでとう きょうはきっと 朝からいいこと いっぱい いつも ありがとう (画用紙にクレヨンで書いたそれを二つ折りにしたカード。その端っこに『ジジイと飲むヨーグルトチケット』が三枚ホッチキスで綴じられている。一枚目、青い画用紙はその裏に「たなか」、二枚目、黄色い画用紙はその裏に「さとう」、三枚目、ピンクの画用紙はその裏に「ささき」。それらは貴方とも知り合いの、ご近所の老人たちの名前。ポケベルで聞いた貴方の好きなものを実現すべく、お家をまわったり待ち伏せしたりして、「おねがいします」とお願いをした。「ミナト、ジジイと飲むヨーグルト、すき…なので」と。残念な頭は微妙な勘違いをして、そのままそれを贈り物にしたようだ。空が明るくなればきっと、選ばれし三名のジジイたちが彼の家へ向かうはず。チケットと書いておきながら、システム的にはデリバリータイプらしい。「あの黄色い髪の子がねぇ、これを持っていって赤羽くんと一緒に飲むようにって」なんて証言がちらほらあったかもしれない。――茶色、はやっぱり自分じゃ作れなくて。だから選ばれし三名のジジイのうちの一人に頼んでおいた。「茶色、も…すき、なので」と。果たしてその『茶色』の正体が何になったのか、それはライアーにも分からない。お手紙を届けた先でちょっぴり、彼のことを想ってドアを見つめた。片手には彼からもらったきらきらの傘。数分、数十分、或いは数時間、そこでじぃっとドアを見ていた。やがて満足したのか、おもむろに立ち上がり欠伸をしながらふらふらと海辺に帰る頃、空はもう白んで、早起きの小鳥たちが一日の始まりを告げていた。傘を広げれば星空が広がる。――彼が生まれた日。とっても特別な、一日の始まりに。おめでとう、ぼくの相棒。)
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